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 6



*

深夜。イドルフリートは、ひどい疲れとおかしな爽快感、そして気持ちの悪い生温かさで目が覚めた。目が覚めて直後、後悔した。

「え…な、なに」

自分はたしか、家にかえって疲れてすぐに寝てしまったはず。それが。
目の前に広がるのは、来た覚えのない暗い路地裏。星の位置から察すると今は真夜中を少し過ぎたくらいだろう、人の影すら見えない。が、そんなことより。
イドルフリートは、周りよりむしろ、自分のからだの方に強く違和感を覚え、そろりと下をみる。

「―――っ!!?」

生温かく、僅かな星の光だけでもはっきり見える赤。それがべったりとついた右手に握っているのは、いつも自分が愛用しているナイフ。何を斬ったのやら、刃が恐ろしく汚れている。そして、同じくべったりと赤に染まってしまった、もとは白かったであろうシャツは、酸素に触れて黒く変色し始めている。
が、それより、それよりも。

「…?」

左手をぱっと開いた瞬間、ごとり、となにかが地面に落ちた。恐るおそるそれに目を向けると。

目に入ったのは、人の、あたま。

「ひっ…!!?」

どうやらイドルフリートが掴んでいたのは髪の毛のようで、手にも数本絡み付いている。状況からみるに、イドルフリートはどうやら、ここまでこの見知らぬ死体を引き摺ってきていたようだ。恐らく、ほとんど抜けきった血と、ここに来るまでに散らかしてきた臓器のおかげで軽くなったため、イドルフリートにも引き摺れたのだ。
そこまで理解したところで、はたと我にかえる。

自分は、何をやっているのだ。

「う、あ…」

こんな真夜中に、無意識に部屋を抜け。

「あ、ああ」

気が付いたら人を一人、惨殺していた?

「う、あ、あああ…っ!」

ナイフを握ったまま、血で汚れたまま、頭を抱える。ぼろぼろと、涙で視界がゆがむ。

3日。部屋にこもって、3日もたっていたのだ、そろそろいつもの衝動が、爆発してもおかしくはない頃だった。しかもイドルフリートは、4日前に、殺しをしくじっているから。むしろイドルフリートにしてみたら、今日まで誰も殺さなかった方が驚きだ。だけど。
無意識で。夢游状態でこんなこと、したことはなかった。そんなにまで、こんなことをしたかったのか、自分は。

「あ…わ、わたし、は」

「手ぇ上げろ、イド」

びくりとして振り向いた先にいたのは。

険しい顔でこちらに拳銃を向ける、コルテス。 自分の一番の敵である、警官の服に、身を包んだ。

「コ、ル…テス」
「何でだよ…っなんで、何でこんなことしてんだよ、イド…っ!」

刺されたような、ひどく傷ついた顔を向けるコルテスの銃を持った手はかたかた震えていた。

「こ…る、」
「初めて会ったときから、怪しいとは思ったんだ…咄嗟にやり返したにしては、傷がきれいすぎたんだ。まるで、手慣れてるみたいな正確さだった」
「…」
「首、絞められたときは、正直怖かった。本当に、心の底から殺されると思ったよ」
「…」
「っでも、おまえ、すげぇ良い奴だったから。話せば面白いし、すげぇ頭の良い奴だなって、思ったんだ」
「…」
「だから、信じたくなかったから…っだから、こうやって見廻り、してたのに…っ!」
「ぁ…」
「何で…っなに、やってんだよ、イド!」


すっと、イドルフリートの腕が上がる。防衛本能からか、コルテスにナイフを向けるけれど、それは狙いなんて全然定まってなくて、むしろ勝手に動いた腕に対して、イドルフリートが驚いている始末。
不審に思うコルテスに、イドルフリートがすがるような目を向ける。

「もう…いや、だ」
「?」
「もう嫌だ…もう、こんなの、いやだ…っ」
「い、イド…?」

ぽろり、ぽろり。

「たす、けて…コルテスっ」

ぼろぼろ、溢れる涙と一緒にこぼれ出た本音。

「いつもいつも、き、気が付いたら、人を、こっ殺したいとか、考えて、いて」

思い始めたら殺して気が済むまで気持ちが収まらなくて、それで気を鎮めるために殺していたら、いつの間にか捕まらないやり方が上達してきて。すごくすごく楽しくて、気持ちよくて、すっとするから、気付いたらこんなとこまで来ていて。

「ずっとずっと、罪悪感なんて、い、抱いたこと、無かったのに」
「イド…」
「きっ君にあってから、なんか、殺さなくても、た、楽しいと思うように、なって」
「え」
「だから、君だけは、殺したく、なくて…殺せ、なくてっ!」
「…!」

叫びに、コルテスが思わず拳銃を下げたとき。

「ナイフを捨てろ!」

イドルフリートの後ろ、少し離れたところからもう一人、警官が現れる。コルテスにナイフを向けるイドルフリートを見て瞬間、銃を構えた。

「あ」
「ちょ、ま…っイド!!」

パァン

暗い路地裏に、乾いた銃声と、直後、なにかが地面に落ちる音がした。

*

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