5
*
あれから3日。イドルフリートは体調が悪いといってバイトを休み、部屋にこもっていた。
体調が悪い…というのも、別に間違ってはいない。あのあと、帰ってきても震えが止まらず、食欲もないままだし。
ただし。イドルフリートがバイトを休んだのは本当は。怖かったから。
会うのが怖かったからだ、コルテスに。 今でも思い返せば簡単に浮かんでくる、向けられた驚愕と恐怖の目。
今までに殺してきたやつらも同じ目で自分を見てきた。別に心は痛まなかった。そんなことに良心の呵責を覚えるほど自分はできた人間ではないし、そもそもそんなものを感じていたら事件は起きていない。
「なんなんだ、一体…」
ひとりぼっちの部屋で、もう数えられないくらいに繰り返された問いは、やっぱり答えなんてでなかった。
とはいえ。イドルフリートにも生活というものはあるから。いつまでも働かないわけにもいかず。
「すみませんでした、3日も休んで」
「いいよ全然ー」
いきなり休んでしまったというのに、店長の反応は優しいものだった。元気になったならよかったという同僚の言葉に応えつつ準備を始めたイドルフリートに、店長から声がかかる。
「そういやイド、俺らはいいから、とりあえず表の彼に感謝してこいよ」
「彼?」
「ああ。いつもの彼、おまえが休んでる間もずっと来てて、忙しいときにゃ手伝ってくれたんだ。おまえからもお礼いっといてくれよ」
聞き終わらないうちに飛び出したら、いつもの場所に、見覚えのある後ろ姿。
驚きと複雑さで震える声を抑えて、静かに呼び掛ける。
「…コルテス」
「お、イド。具合どうだ?店長の話きいて驚いたぞ。風邪なんかひきそうにないのにな、おまえ」
「…」
「まぁいいや、座れよ」
いつもみたいに、明るくからからとした様子で振り向いたコルテスに戸惑いながら、向かいの席にすわる。
「…」
「…あー」
とはいっても。あんなことがあった後だ、イドルフリートだって当然覚えているし、ましてや被害者であるコルテスが忘れるわけもないので、当然とても気まずい。
覚悟を決めて口を開いた。
「「あの」」
息があっているのやらあっていないのやら。
「…」
「…あー…」
「…君から話してくれ」
「ん、なら」
どこかおどけたような調子をやめ、改まった様子でコルテスがイドルフリートの方を向く。
「この間の、ことだけど」
「…っ」
予想はしていたけれど、やはり来たか。イドルフリートは密かに息をのむ。
「イド、説明…してほしい。アレは、どういうことだ?」
「あ、…あれは、…」
頭の中を必死にかき回して言葉を探す。何かなにか、なにかないか。コルテスにわかってもらえるような、納得してもらえるような、上手な言葉は。
じっと見つめてくるコルテスの視線から逃げるように目をそらす。そらしつつ、ごにょごにょと言い訳めいた言葉を並べる。
すまない、あれは間違えたんだ、似た奴と、喧嘩した、とても憎い奴だったんだ、それで思わず。
「えと、だから、」
「落ち着けって、イド。別にとって食おうとしてる訳じゃねーんだし」
苦笑してくしゃりと頭を撫でられる。小馬鹿にしたような気軽なその行動に、なんだ、もしかしてあまり気にしていないんじゃ。
そこまで思ったとき。
気付いた。 コルテスの手が、ほんのわずかに、震えていることに。
「…」
「?どうした、イド?」
気にしていないわけ、ないのに。殺されかけた人間が。それをしてきた本人を前にして、怖くないわけがないのに。
それなのに、それを隠して明るく振る舞ってくれるコルテスを見て、イドルフリートが俯く。
不思議そうにコルテスがのぞみ込もうとしたとき。
「すまなかった」
「イド?」
「あれは、正真正銘、君を殺そうとしてやったことだった。本当に、すまない。許してくれなんて言わない。また会いに来てくれて、嬉しかった。ありがとう」
「イ、ド」
「わたしは仕事があるから、これで失礼する」
「おいイド!」
「っ、さようなら」
きっぱり。正直に告げて、逃げるように店に戻る。後ろでコルテスがなにかいっていたが、聞こえないふりをした。
急に嘘をついてまでコルテスにそばにいてもらおうとしたことがバカみたいに思えた。コルテスは起きたことをなんとか受け止めようとして、あんなにも真摯に向き合ってくれたのに。
はぐらかして嘘をついて。そんなことをするような自分には、彼の傍にいる資格なんてない。
仕事が終わり、帰るときにふと覗いたテラスには、誰もいなかった。
*
▼