テキスト | ナノ
 


 4



*

「…1つ聞きたい」
「あ?」
「何故君は、こうも毎日毎日此処へ顔をだすんだ」
「そりゃおまえ…1つはおまえの料理が絶品だからだろ」
「私が作ったのではないものも多々含まれるが」
「あとは、おまえに興味があるからだろ」
「…。…はぁああ!?」

あれから。コルテスはほぼ毎日、イドルフリートのバイト先のカフェに来ている。しかもいつも休憩だったり店が混んでいなかったりでイドルフリートの時間が空いているときを狙って。

「なんかさー、ナンパされるような奴だけあっておまえすげーキレイだし」
「男に対するその賛辞はもらっても嬉しくもなんともないけどな」
「話してみたら面白そうなやつだし、興味湧いちまったんだよな、俺」
「迷惑この上ない話だな…」
「それにほら。今もまだ、物騒なことに変わりはねーだろ?」
「…」
「今はまだ夜しか事件起きてねぇけど、また襲われたりしたら大変だろ」
「…」

夜にしか犯行は行われないし、行えないから大丈夫だ。そんなことを言えるわけはないので、イドルフリートは黙ってコルテスの話を聞いていた。

コルテスは、なかなかどうして面白い奴だった。相変わらず警察へ行けだのあれは大変なことだだのと煩いけれど、それを除けば話していてつまらなくはない。
それに。

イドルフリートにとって最も不思議だったのは、コルテスに対してだけは、いまいち殺意がわかないことだった。
確かに話していてふと、こいつのはらわたを引き摺りだしてみたいと、思ったことがないわけではない。ただ、普段なら思い立ったらすぐ実行、なはずが、コルテスに対してだけはそうならないのだ。
理由はわからないが、最近ではコルテスと話すのを楽しいと思うようにもなってきたので、そのままにしている。


「…まぁ…別に殺しにあきた訳ではないがな」

深夜。ざっくりと切れた腕から血を流しながら這いつくばる女を前にしながらそう呟く。
別に殺意が湧かないのはコルテスに対してだけであって、それだって全くというわけではない。殺したくなればナイフを握るし、絞めたくなれば良さそうな首を探す。それは変わらない。
ただ。

「ふぅ…まずは、そのぎゃあぎゃあ煩い口から削ぎ落とすか」

気分で狙いをつけたのが女性だった。女性の声は甲高く、よく響く。誰かに聞き付けられたら直ぐに警察を呼ばれる。いや、それだけならイドルフリートが遊んで満足することの邪魔にはなり得ない。
普段なら。

「さて…?
「何をやっている!!」

遠くから響いた制止の声。ビクリと肩を震わせて振り向くと、遠くから駆けてくる警官の姿。周囲の警戒を怠った。考え事のせいで、普段なら回せるはずの気をまわせなかったのだ。
ちっ、と、舌打ちをしたイドルフリートが背を向けてその場から逃げ出す。遠く背後で、錯乱した女性と、それをなだめる警官の声を聞きながら。


スペインの通りは我が庭。そう豪語しても行き過ぎにはならないくらいに路地裏を知り尽くしているイドルフリートだから、逃げるのは容易かった。むしろ辛かったのは、そのあと。

1度は殺しかけた人間を警察に渡してしまった。おそらくイドルフリートの容姿は向こうに伝わった、ということはもう簡単には犯行は行えない。
しかも。まだ殺していないから。イドルフリートの気が収められない。
普段なら、1人分を使って遊び倒せば衝動は収まる。1人が無理でも、2人殺せば収まる。それが今夜は。警察に邪魔をされたため、イドルフリートはまだ1人も殺せていない。

「うぅう…っ」

ふらふら。ひとっこひとり見当たらない路地裏をとりあえず抜けようとしたとき。

「お、おいイド?大丈夫か!?」

顔をあげたイドルフリートの瞳に飛び込んできたのは、心配そうな顔のコルテス。

「お…おい、イド?」

どうして君がここに。嗚呼、私なら大丈夫だ。

でてきたのは、そんな言葉ではなく。

「イ…ッイド…!?な、に…っ」

飛び付くようにコルテスに手を伸ばし、そのまま全体重で押し倒し。身体の底から力を振り絞って首を絞める。ギリギリギシギシと響く音と、苦しそうな呻き声。コルテスの瞳に映る自分の、なんと嬉しそうなこと。

「ィ…い、ド…っな、に……ッ!」
「あは。あは、あはは、はは…ッ!!」
「…ッ、」
「はは…は、?」

が。

はたりと。あと一歩のところで、イドルフリートの手がとまる。呆然としてしまったイドルフリートの手を払い除けて、コルテスが激しく咳き込む。

それを呆けたように眺めていて、次第に理性が戻ってくる。

「かは、げほっけほ、けほ」
「ぁ……」
「げほ、…い、イ…ド…?」
「ぅ、あ…あぁ…っ!!」

向けられた驚愕と恐怖の表情を見て、ようやく自分がどんなことをしたのかを理解する。震えが止まらなくなって両腕で自分を抱くが、力が抜けて立ち上がれない。
同じようにへたりこんでいたコルテスが、先にショックから解放されたのか、慌てて立ち上がりイドルフリートから距離をとる。

「…っ!」

イドルフリートが手を伸ばすより先に、視界からコルテスが消えた。

*

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