十七
 

「夕霧さん兄さん!」

 名前を呼ばれてハッとする。弟として面倒を見ている双子の片割れ、夕月が心配そうに見ていた。

「急がないとお座敷に間に合わなくなってしまいます。爪紅は私が塗りましょうか?」
「そうだねェ、急がないと。ああこっちは大丈夫だから、さっきから騒いでる夕蝶のところへ行ってやりなァ」

 夕月紅引いて! 紅〜! と騒ぎ立てる双子の弟の夕蝶に、双子の兄の夕月は半ば呆れたようにはいはい、と紅を引きに行く。

「あの二人が自分の弟になってからというもの、騒がしいねェ。……、……今日も見守っててくださいね、朝霧さん兄さん」

 そう幸せそうに微笑みながら爪の一本一本、丁寧に塗っていく。たちまち赤に染まるその爪は美しい。夕霧は塗り終わってからふと外を見、東頭に咲く綺麗な桃の花を眺めながらクスリと笑う。この桃たちは満開に花が咲く頃に無惨にも引き抜かれるであろう。そしてまた新たな季節の花が植えられるのだ。それは残酷なこの小さな小さな鳥籠の世界を意味しているようで、夕霧はおかしいなと思いクスリと笑った。
 こんな事を考えるだなんて、もしかしたら風と共に香る桃の花の甘ったるい匂いに酔ってしまったのかもしれない。





終。



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