十六
おい、とまた声が掛かる。夕霧がどうぞ、と言ったと同時に襖がスッと開く。
「どうしたんですか、霧里さん兄さん」
あまり話さない霧里が部屋に訪れた事に夕霧は不思議に思った。
「コレを渡そうと思ってな。朝霧が使っていた小物居れの中に入ってたんだ」
そう言いながら物を投げる霧里。こんな雑な態度や口調を客の前では一切見せないのだから流石だ。
それを落とさぬように掴み、それがなにかを確認する。手の中にあった物を見て、夕霧は驚いた。
自分の手の中には夕霧草が金の蒔絵で描かれた綺麗な紅入れ。蓋を開けると中にはあの爪紅が入っていた。
「これ……」
「ああ。中身は朝霧が使っていた爪紅だ。その紅入れはわざわざアイツが造らせたんだろうな」
夕霧は蓋を閉め、紅入れをぎゅっと両手で握り締める。
「自分では気付いてないようだが、最近死んだような顔してるからな、お前。ソレつければ少しは変わるだろ。朝霧の弟は俺の弟みたいなものだからよ。頼れよ」
頭にポンッと手を乗せた後、霧里は部屋を出て行った。開けっ放しにされた襖を見て、夕霧は閉めてけよ、とクスクス笑いながら思う。
「頼れよ、か……」
頭に乗せられた手は朝霧のものとは違い、少し大きい。だが、朝霧と同じであたたかかった。今日だけは泣いてもいいよな。そう呟き襖を閉め、夕霧はとても久し振りに泣いた。
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