十二
朝霧は一旦手当てする手を止め、そっと小さな体を抱き締めた。
「ここは、華やかに見えて汚い世界ですね、朝霧さん兄さん」
じんわりと目に涙が浮かんできて、それをとめようにも嘉月の意志ではとめられなかったそれは、あとからあとから流れ落ちていく。
朝霧は初めて嘉月と会った日と同じように、彼が泣き止むまでずっと側にいてくれた。
その日からというもの嘉月はいっさい泣かなくなった。それどころか弱音も吐かない。いろいろな稽古をこなし作法も学び、文字の読み書きもできるようになっていった。
「嘉月。源氏名を決めるから楼主が俺と一緒に部屋へ来てくれってさ」
舞踊の練習をしている時、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえる。その声にそっと丁寧に机へと小道具を置きながら、はいと返事をして、すぐに襖を開けて顔を出した。そこには大好きな朝霧さん兄さんの顔。そんな彼はクスクス笑う。
「反応が早いね、嘉月」
そう言いながら歩いて行く朝霧の少し後ろをついて行く。
失礼します、そう言って入る部屋は毎日嘉月が手ほどきを受けている部屋だ。見慣れたその部屋はもうなにがどこにあるのか覚えているほどである。
「せっかくだから嘉月、源氏名は朝霧に決めてもらいな」
そう楼主が言えば、嘉月の顔が嬉しそうに輝いた。
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