十一
 

 ドサッと膝から崩れ落ちた嘉月にこれが最後だと言わんばかりに水を掛け、男は小屋を後にした。
 その場に残された嘉月は水を飲んでしまった為、げほげほとひどく咳き込む。

「嘉月!!」

 自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。その声の方へ顔を持ち上げると心配そうなあの人の顔が見えた。

「あさ、ぎり……さん……、にい……さん」

 心配を掛けたくなくて、少し動くだけでも痛い体を無理矢理動かす。

「嘉月、無理しなくていいよ。心配なんていくらでも掛けていいんだ。だから部屋に戻ろう」

 ね? と朝霧は嘉月の思っていることを察して言い、ボロボロになった彼を背負った。

「きもの、よごれますよ……」
「着物のことより嘉月の方が大事さ」

 体に負担を掛けないようゆっくり歩いてくれる朝霧にギュッと嘉月はしがみついた。
 嘉月の部屋に戻った朝霧は畳にゆっくりと彼を下ろし、ここに来る途中に取ってきた治療箱を開け、手当てを始めた。

「ねえ、朝霧さん兄さん……」

 声を掛ける嘉月に朝霧は優しく、どうしたんだい? と尋ねる。

「俺、もうここから逃げません。見せしめで拷問されていた時、よく考えてみたら俺にはもう帰る場所がなかったんです」

 そう言いながら嘉月は、クスクスと笑う。



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