そういう問題じゃない、逃げないと。皆が寝静まる頃ならきっと大丈夫。足には自信があるし、逃げ切れるはずだ。
 朝霧には悪いが、嘉月は密かにそう思った。

「あとで俺が世話になってる霧里さん兄さんを紹介するよ。今この見世で一番の人気者なんだ。ああ、そうだ嘉月。嘉月は読み書きができるかい?」

 逃げる事を考えていた嘉月は、突然問い掛けられピクリと肩を揺らす。あ、と一つ声を出してからその質問に返答した。

「できません……」
「そう気にする事じゃないよ。ここでは珍しくないからさ。現に俺も霧里さん兄さんに教わるまで書けなかったし、読めなかったからね。大丈夫、ちゃんと教えてあげるから」

 そうだ、ちょっと待ってな。朝霧はそう言いながら部屋を出て行く。
 しばらくして朝霧は、漆が塗られ黒く艶のある皿を二つ持ってきた。その上には白い食べ物。食べな、と目の前に一つ差し出された。
 白い皮でなにかを包んでいるらしく、中がうっすら透けている。触るともっちりしており、冷たい。試しに小さくパクリと食べてみると、口の中に甘酸っぱい香りが広がった。
 自分の手の中にある物を見ると白い皮の間から、あんこと赤い色が覗いている。

「これはちいご大福さ。東頭だけで穫れるちいごっていう果物を、丸々一個あんこと一緒に包んだやつだよ。美味しいだろう?」



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