「やめてください、朝霧さん兄さん、って言うんだ。ここは上下が厳しいんだよ。覚えておきな」

 叩かれた頬をそのままに、嘉月は口を開く。

「すみません……。朝霧さん、兄さん……」

 聞き分けがいいね。そう言い朝霧は叩いた嘉月の頬をスルスルと撫でた。その手の動きに、嘉月は擽ったそうに身じろぎ、目を伏せる。だがすぐにハッとし目を開け、朝霧に問う。

「朝霧さん兄さん。ここは、どこですか……?」

 朝霧は一緒眉間にしわを寄せたかと思うと、いつもの笑顔に戻り、立ち上がりながらこう言った。

「今日は疲れてるだろうから、明日、ちゃんと話すとするよ」

 ポスンと頭に手を乗せ、嘉月の頭を優しく撫でる。先ほど撫でられた時とは違い、心が安らいだ。
 しばらくそうされていると、大好きだった母が目の前で殺された光景が脳内で再生される。もうあの優しい声も聞けない。あのあたたかい手で撫でてもらえない。大変だったけれど、楽しかった生活には戻れない。母のことを考え出したらとまらなくなって、目から大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
 それを見た朝霧は、よしよしと背を撫で、辛かったね、そう一言だけ言い後は黙ってそばに居てくれた。



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