其ノ三
 

「どうしよう翡翠。銀露さんにお礼言ってない」

 銀露が全て自分で決めてしまった事だといっても、いろいろしてもらったのだ。
 その人に大してありがとうの“あ”の字も口にしないだなんて。
 そういうところを厳しく育てられた雨露は、はあ……と溜め息を吐き、うなだれていた。

「あー……。あいつなら大丈夫だぞ? 一応、見た目はあんなヤツだが、心は海みたいに広い。」
「そういう問題じゃないでしょ。第一、人として」

 翡翠は雨露に長々とお礼の大切さについて語られる。そう感じた為、慌てて口を挟んだ。

「そ、そうだ! 銀露はいなり寿司が好きだったんだ。今度会った時にでも、今日のお礼にいくつか遣ったらどうだ? あいつがいなり寿司以上に喜ぶ物はないからな」

 はははっ……、と苦笑いを浮かべながらそう雨露に提案する。
 そうすれば、雨露は少しばかり考え込み、それは良いかも。と満面の笑顔で答えた。
 それに翡翠はホッとする。

「にしてもこの亀、泳ぐのはやいね。流石妖怪」
「そうだな」

 この亀の泳ぐはやさは尋常ではなかったのだ。
 このはやさであれば、途中に何かしら起こらない限り、今日中に鳥羽へと着けるだろう。
 鳥羽についたらまずは睡眠だ。洞穴に入ったのは夕方のはずだったが、あれこれしている間(マ)に、すっかり山の間からお日様が顔を出している。
 それにしても、本当に銀露には良い人、いや妖怪を紹介してもらったと雨露は思う。



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