其ノ三十七
「こらっ! 駄目でしょう、引っ張っちゃ」
黒髪の少女、瑞江が子供達を制止する声が聞こえた。
はあい、と膨れながらも子供達は手を離し、先ほどの事など無かったかの様に辺りをきゃっきゃと走り回り始める。
「この近くにある村の名主様が空き家を一つ貸してくださるそうです。少しの間でも、そこでお身体をお休めくださいませ」
「いや。そんなに気を使わなくて良いぞ? どうせ俺達はすぐにここを発つつもりだったしな」
雨露に顔を向ければ、うん。と首を縦に振った。
その時に怪我をした部分が服に掠れたのか一瞬痛そうに眉を寄せたが、すぐに涼しい顔に戻ってしまう。
「ですが……。雨露様はお怪我をされておりますし、翡翠様だって疲れているでしょう。命を、いえ、白虎を救ってくださった大切な恩人様です。そんな方々を万全では無い状況で旅に発たせるわけには……」
そこでゴオッと凄まじい風が吹いた。
着物の袖や、髪は巻き上げられ、目も開けていられない様な風。
ドシンッ、ドシンッと二つの何かが着地した音が聞こえたかと思えば、ピタリと風がやんだ。
目を開く前に、凛としたよく通る女の人の声が聞こえてきた。
「うーむ……。今回の判断はいけぬぞ! その者達を解放してやるのじゃ! 妾から直々の命だぞ。聞けぬということは無かろうな」
そう笑いながら言ったのは白虎に乗った白髪の小さな少女。
その場に居た人々は姿を見てとても驚いていた。
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