其ノ十
「駄目だからね。近場にして」
その雨露の有無を言わせない声色に翡翠は残念そうな顔になる。そこで大笑いしながら女店主は言った。
「はははっ! 何だい何だい。あんた好い人いるんじゃないかい」
やはり雨露を女と勘違いしているらしい。
好い人。そんな耳を疑うような言葉が入ってきた。
「僕は男、です」
男を強調し雨露は女店主にさぞかし嫌そうな顔を向けたが、彼女は微塵にも機嫌を悪くする素振りを見せず、そうかいごめんなさいね、そう言い笑った。
「あんた達、そんな話をしてるって事は旅をしてるんだろう? それなら白虎(シラトラ)とかどうだい。寒いから解らないが、綺麗な白虎(ビャッコ)が見れるからね。おすすめするよ。それに央国の隣だからさ」
「白虎(ビャッコ)、か……。雨露。隣国だからいいだろ?」
翡翠は雨露をまたちらりと見る。
雨露は丁度みたらし団子を食べ終わったらしく翡翠を見て、いいよ、と口にした。
「お勘定お願いします。御馳走様でした。それと、先程はすみませんでした。えっと……」
雨露は女店主に代金を渡し、それから頭を下げる。嫌そうな顔をしたことに対してだろう。そして名前を呼ぼうとして口ごもる。
その頭を下げる行動に対し女店主は、止めておくれ、そう言って眩しく笑った。
「間違えちまったのはあたしだからさ。ああ、あたしは“梅”って言うんだ。ほらほら! 白虎(シラトラ)に行くならさっさとお行きなさいな。近くの宿に着く前に日が暮れちまうよ。そうだ、これを持ってお行き。少しだけど腹の足しにはなるからね」
そう言うと半ば強引にまだほかほかと暖かい包みを渡してくれた。
「ありがとうございます」
二人でその事にお礼をし、茶屋を出る。
その後ろ姿を見届けながら、梅は二人に聞こえるように大きな声で言った。
「困ったらいつでもここへおいでーっ!!」
彼女は微笑ましくなり、二人の背中が見えなくなるまで見送っていた。
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