短編集


朝と雨、そして夕



 大好き。愛してる。そう言う夕霧が本当に愛しているのは僕じゃなくて僕にそっくりなあの人なんでしょう?
 そう思いながら今日も皆が寝静まった東頭の花街へと向かう。体を撫でていく夜風がとても心地よかった。

 見慣れた静かな東頭の花街。そこの上を音を立てずにゆったりと式紙で舞う。
 とある店の一つの窓をスッと開け、部屋の中へと入っていけば、綺麗な顔を綻ばせて雨露を愛おしそうに見つめる夕霧がいた。

「雨露。こっちにおいでェ」

 そう言いながらクスクス笑う彼は、自分より年下のはずなのに色っぽい。前に本人にそのようなことを言ったことがあったが、お前の方が色っぽいさァ……と困ったように言われ、よく意味が分からず首を傾げていた気がする。
 ゆっくりとじらすように夕霧のもとへと近付いてしゃがむ。そして座っている彼の胸にぽすりと顔を埋めた。そうすれば彼は嬉しそうに笑って、ぎゅっと抱きしめてくれるのだ。
 優しいけれどどこか妖艶な夕霧の香りに酔わされながら目を閉じる。途端に目がじわりと熱くなり、鼻がツンと痛くなった。
 ここへ来て彼の腕に抱かれると、いつも涙を流してしまう。情けないと思っても温かいそれはとまることなく流れ続ける。

「今日も、雨が降ってるねェ」

 そう意地悪に言いながらも優しい夕霧は背中をさすってくれるのだ。いつもいつも彼の優しさに甘え、溺れる。
 彼のせいで泣いているのに。彼が自分を泣かせているのに。

「僕は朝霧さんの代わりなの?」

 不意に吐き出たその言葉。はっとして夕霧の顔を見たが、すぐに逸らす。そしてゆっくりと夕霧の胸から離れた。
 一度流れ出た汚い水は蓋をしようとしても勢い良く後から後から流れ出て、せき止める事もままならない。

「朝霧さんと僕の顔が瓜二つだから、代わりにしてるんでしょう? 愛してるのは僕じゃなくて、この顔なんでしょう? どうせ僕は――」

 愛されてない。そう言おうとして口を塞がれた。彼の綺麗な顔が目の前に来て、うっとりと見とれてしまう。
 でもその顔はとても悲しそうに歪んでいた。

「確かに雨露と朝霧さん兄さんは似ているさ。でもねェ、雨露。性格は何もかも違う。俺が愛してるのは、その顔じゃァなくて雨露自信さ。脆いくせに強がりで、そんな可愛い可愛い雨露を俺は愛しているのさァ」

 真っ直ぐ瞳を見つめられながら言われ、体全体が熱くなる。
 夕霧は雨露の顎を掴んで俯いていた顔を優しく上に向かせ、深い深い口付けをした。
 二人の醸し出す甘ったるい空気の中、吐き出す熱い吐息と互いに互いの自由を奪っていく音だけが鮮明に聞こえてくる。
 一緒に布団に倒れ込み、来ている物を脱がし合えば、恥も何もかもが全て同時に取り払われていく。
 妖艶な香りが近付き、彼の艶やかな髪が視界の端に写り込む。

「ほら、前にも言ったけどね、雨露の方が色っぽいさァ……」

 耳元で聞こえた夕霧の熱を帯びた声。それはさらに顔を熱くさせ、頭の中の思考回路を停止させた。
 今日も今日とて彼に溺れ、彼に依存していく。危険な旅をしている僕は、いつ死ぬのかわからない。だからこそ、夕霧の側から離れたくないしずっとここにいたいと思ってしまうのだ。

 見えぬ蜘蛛の糸に絡め捕られた蝶のように、あなたの腕の中で舞うのです――



戻ル

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