短編集


満たされない



「父上、母上」

こっそり家を抜け出し、街でぶらぶらして帰ってくる。それが何時もの日常。一つ違うのは、家の中が真っ赤に染まってたってだけだ。
だが、不思議と悲しみという感情はなかった。人何て死んだら只の肉ではないか。
立ったままただジッと、肉の塊を見ていた。

「クダらない」

何で今更昔の事を思い出したのか。
自分でも解らない。
まだ辺りは暗く、静かな時間帯だ。鉞影はもう一眠りしようと布団に入るが、なかなか寝付けなかった。
寝よう寝ようと思えば思うほどに眠気は覚めていく。
はぁ……。と鉞影は溜め息を漏らし、丁度お腹も空いたし外へでも行くか、と鈴丸が準備してくれたのであろう。枕元に綺麗に畳んで置いてあった着物を羽織り、自室を後にした。
流石は草木も眠る丑三つ時。
町に人の気配は全くしんと静まり返っていた。
だが、少し離れた場所で、提灯の灯りで揺れ動く一つの影。
鉞影はそれを見逃さなかった。
スッと細道に隠れ、息を潜めジッと待つ。
その者が通りかかった瞬間。
鉞影は腕を掴み細道に引き込んだ後、素早く布で口を塞ぎ、腕や脚を縛り上げる。
脅えている顔を見ながら食べていく。もちろん血の一滴も残さない。
食べても食べても満たされない。
それは本当に食べることで満たされるのか。

ああ、満たされない。満たされない満たされない満たされない。

心に開いた穴が埋まらない。
いくら食べても。それを吐き出して、また新たに食べても何にも埋まりやしない。
悲痛な叫びを聞いても、絶望した顔を見ても。何をしても満たされない。
あの時
誰か助けて。
その言葉が言えたのなら、少しは変わっていたのだろうか。
鉞影は考えながら、もう息絶えた人間。いや、肉の塊を冷たい目で見つめていた。



嗚呼。誰かタスケテくださいな――



戻ル

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