短編集


酔イシレ死ス



やんわり香る春の香り。
やっと長い長い冬が終わった。その微かな香りがそう実感させる。
身体が重たい。あちらに念願であった櫻が咲いているというのに。
だが、もうその色さえも映らない。自分の横たえている地面は鮮血で真っ赤に染まっていた。
感覚が鈍り、周りの音が遠ざかる。木々の音も、風の音も。鳥の囀(さえず)りも、その持つ羽が風を切り裂く音さえも。
目を閉じているわけでも無いのに暗い世界。
そこで何だか怖くなるのだ。
死にたくない。嫌だ。助けて。そんな言葉が頭を過ぎった。
だが直ぐに解る。もう僕は助からないんだって。こんなこと、ある程度の幼子だって解ることだ。
未だに血が流れ、冷えきった身体。こんな状況で助かるわけがない。今だって辛うじて意識を留めているだけなのだから。
そして、此処は元から人が居ない。気づく者は居ない。
欲を言うならば最期に一緒に旅をした仲間に会いたかった。
犬みたいな、でも頼りになる翡翠に、五月蠅いけど場を和ませてくれる銀露。僕のことを師匠呼ばわりして付いて来る蓮。
思い出すと切りがない沢山の思い出。
だがもう体力の限界だ。目を閉じよう。
そうして静かにそっと目を閉じた。
その時誰かに持ち上げられたような感じがしたが、それが確かかは解らない。
それが確かならば、哀れでもいい。僕はこう願う。周りに居るのは仲間だと。
僕は皆の裨益になれただろうか。
其処で僕は深い眠りへと落ちていった。




櫻咲ク季節、微カニ香ル春ノ櫻。本務ヲ全ウシ、酔イシレ死ス僕ハ哀レダロウカ――



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