フェイク・ラヴ

[妻子ある男性と彼に執着する女性の背徳的な恋・1]

 私達は本音と嘘の上で成り立っている。
 どれほど愛を確かめ合っても、私達の関係は決して許されるものではない。

 それはお互いに分かっている。
 それでも、時にどちらともなく温もりを想い出しては、背徳の海へと溺れてゆく。

 ◆◇◆◇

「終電、出ちゃうわよ?」

 私の隣で未だに微睡んでいる彼の肩を、何度も軽く揺する。

 彼は腕枕していた反対側の手で自らの髪を掻き上げると、気怠そうに「間に合わないからいい」と返してきた。

 そんな彼に、私は眉をひそめる。
 私こそ、責められてもおかしくない立場だというのに、呑気な彼を目の当たりにしたら、ちょっとだけ奥さんに同情してしまった。

「携帯、光ってる」

 私はローテーブルに放置された彼の携帯を指差した。

「心配してるのよ、きっと……」

 本当に、こんなことを言う自分が滑稽で仕方ない。

 彼もきっとおかしかったのだろう。
 私に向けて微苦笑を浮かべ、私の枕にされていた腕を引き抜くと、ようやく身体を起こした。

 彼はそのままベッドから降りた。
 そして、裸体を曝け出したままで携帯を手にする。

「もしもし? ああ悪い、ちょっと出るに出られなくて……。ああうん。今日中に帰るのは難しい……。ああ、本当にすまない……」

 私を抱いている時と同じ――いや、それ以上に優しい声だった。

 彼は奥さんを愛している。
 それなのに、平気で奥さんを裏切り、私を抱く。

 きっと、彼にとっての私は、疲れた時の〈逃げ場〉にしか過ぎないのだ。

 奥さんには〈完璧な男〉の姿しか見せたくないから、どうしようもなく苦しくなると、私の元を訪れて来る。

 弱音を見せてくれるのは嬉しい。
 けれども、時には自分も彼に甘えたい。
 それでも、彼が離れてしまうことを恐れている私は、いつも強い女を演じ、彼を引き留める。

 結局、私が彼に依存している。
 裏切りの原因を作っているのは、他でもない私なのだ。
 だから、奥さんに同情する資格なんて本当はない。

 彼に背中を向ける格好で横になっていると、ベッドの軋む音と同時に、ほんのりと肌の温もりを感じた。

 私は、背中越しに彼に抱き締められていた。

「今晩はゆっくり出来るよ?」

 甘い悪魔の囁きが私の耳を掠める。

 本当に狡い人だ――私も。

 私は身体を動かし、彼の胸に顔を埋めた。

 トクトクと波打つ鼓動。
 人は心臓の音を聴くと安心すると言うけど、本当に、彼も私もちゃんと生きているのだと実感出来る。

「愛してる」

 また、本音と嘘が入り混じった蕩ける言葉を口にする。

 いっそのこと、嫌いになれたらどれほど楽だろう。
 けれど、私が彼を嫌いになるなんて絶対に考えられない。

「可愛い声、もっと聴かせてくれるよな?」

 そう言うと、彼は私に口付けを落とす。
 徐々に深さを増し、私の舌を彼のそれが絡め取る。

 私の頭はぼんやりしてきて、しだいに奥さんへ対する罪悪感は闇の中へと消えていった。



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