君といる未来の為に
※すごくファンタジーです、現実の出来事とは合わせて考えないようにお願いします。
コホッコホッ
「晋作さん!」
最近、また咳が酷くなってきた。夏が終わり冬に近付き、空気が乾燥してきたからだ。
体を支えるようにしながらぜえぜえと上下する背中を摩ると晋作さんの額が肩に当たった。
じんわりと熱い。また微熱が出てる。
「氷取ってくるから、大人しくしててね!」
部屋を出て台所へと向かう途中、話し声が聞こえて立ち止まる。姿を現したのは桂さんと大久保さんだった。
「小娘」
「あ、大久保さんこんにちは」
「元気そうだな?」
「はい、大久保さんもお元気そうで」
大久保さんも桂さんも最近は新しい政府の準備で忙しいはずだった。大久保さんは疲れたような呆れたような顔で「私だからな」と言った。相変わらずだ。
「ところで小娘、高杉くんの体はどうだ」
「あ…また今微熱が出てて氷を取りに行くところなんです」
「そうか、だったらそれは桂くんにやってもらえ」
「え?」
「お前と高杉くんに吉報だ」
大久保さんはニヤリと笑った。
「労咳の新薬研究?」
高杉さんの枕元に座った大久保さんがこくりと頷いた。
薩摩藩がかねてより親密にしていた医者が労咳の新薬開発に乗り出したらしいのだ。
「高杉くんにはその新薬開発に協力してほしい」
上手く行けば治るかもしれない、下手すれば寿命を早める可能性がある―
大久保さんの説明に私は口を閉じているしかなかった。桂さんはそんな一か八かの危険な賭けをさせるわけにはいかないと渋い顔をしていた。
高杉さんはさっきから黙りこくって俯いたままで表情は伺えない。
誰もが晋作さんの答えを待っていた。
「―やる」
しんと静まり返っていた部屋に晋作さんの静かでいて決意に満ちた声が響いた。
桂さんが信じられないと言った表情で目を見開き晋作さんを必死に止める。
「小娘はそれでいいのか」
大久保さんが相変わらず偉そうに腕を組みながら私に聞いた。
「晋作さんが決めたことですから」
私は笑って頷いた。
あれからいくつか季節が巡った。
龍馬さん達は薩摩で元気にやっているようで、公務の合間を縫って大久保さんから手紙を貰ったりした。たまに大きなホトガラが入っていて変わらない様子に私は思わず笑ってしまった。
桂さんと大久保さんは毎日明治政府を運営するのにてんてこ舞いで、会うことは少なくなったものの二人共相変わらず元気でやっていた。
晋作さんはと言うと―…
「紘っ!」
この通り、新薬研究が上手く行って元気になっていた。
といっても長らく寝たきりだったし副作用も強く、体力が落ちているのもあり新政府の一員に加わることは辞退させてもらった。
労咳が完治したわけではないし、まだたまに空咳が出るとドキッとしてしまう。
でもこうして晋作さんと繋いだ手は温かいし、太陽みたいなあの笑顔も健在でそれだけで十分幸せだった。
「紘」
「なに?」
名前を呼んで顔を向ければ不意打ちのように唇を奪われた。
街中なのに!
思わず口を押さえる私に晋作さんは悪戯が成功した子供みたいに笑った。
「晋作さんっ!」
「おっ怒ったのか?怒ったのか紘!怒った顔も相変わらず可愛いなっ!」
「もう!そういう悪戯ばっかりすると、」
「すると、」
「もう手繋がないっ」
繋いでいた手を離して顔を背けてスタスタと前を歩く。
「お、おいっ待て紘!卑怯だぞっ」
「知らない!」
「紘!」
焦ったような声で名前を呼ぶ晋作さんに思わず笑いが込み上げる。
我慢して、怒ったふりで振り返ると晋作さんは困ったような顔で私の顔を見る。
「…晋作さん、目つぶって」
「う…殴るのか?そんなに嫌だったのか?」
「いいから早く」
しぶしぶと目をつぶった晋作さんのその頬に私は思いっきり掌を―…
なんてことはせずにちゅっとくちづけた。
パチッと瞬間的に目を開けた晋作はぽかんとしていて、私はとうとう笑いを押さえることが出来ずに笑いながらこう言った。
「嘘、怒ってないよ」
「っ…こらっ!紘!」
「きゃあ!」
ガバッと抱き着かれて唇をまた奪われる。こつんとおでこをくっつけて笑った。
「びっくりしただろ」
「ごめんなさい」
「…許す」
そう言って晋作さんは今日三度目のキスをした。
ちらちらと桜の花びらが頬を掠めた、ある春の日の出来事だった。
君といる未来の為に
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30000フリーリクエスト・まっすー様へ。
この作品を書くにあたって結核について色々調べたりして、薬が出来たのが1944年と知り一度は絶望しました。
仁みたいに途方もない話にしようかとも思ったけどある程度のリアリティは欲しくてこのような形にしました。
それでも現実の歴史とは掛け離れているけれどこうなる、そこはフィクションと言うことでひとつお願いします。
まっすー様のみお持ち帰り可能です。
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