君に捕まるまであと五秒



「月城!」

寒い寒い冬の日。
身を縮めて西門をくぐると仁王に声をかけられた。
途端に振り向いて、そしてくしゃくしゃといじられる髪。
混ぜられてそこらにぴょんぴょん跳ねた髪の毛の上からポンポンと頭を叩いて仁王は柔らかくおはよ。と笑った。





「仁王ってさー…」

「んー?」

休み時間、こっそり持ってきたポッキーを食べながら葎と向かい合って喋る。
既に二袋目のポッキーを口に入れた時、直後の葎の発言で噎せかえりそうになった。

「絶対紘のこと好きだよね。」

「んぶっ!?」

「あ、俺もそう思う」

そう言いながらいつの間に表れたのかポッキーを一気に三本口に入れて丸井は横の机に座った。

「ちょっと丸井!それ私のポッキーなんだけど」

「いいじゃん、固いこと言うなよ」

「もー…」

「で、話戻すけどさ」

「戻さなくていいんだけど」

「仁王って小学生並だよね、愛情表現。紘が来るとすぐ絡みに行くの。」

「えー反応楽しんでるだけじゃないの?」

「いや、あれは絶対月城のこと好きだろぃ」

「好きだね」

「何が好きじゃって?」

「「「ぎゃあっ!」」」

唐突に後ろから聞こえてきた声に三人して飛び上がるほど驚いた。
恐る恐る振り向くと仁王が私の髪をわしわしと混ぜながらそこにいた。

「ちょっと仁王、髪ぐしゃぐしゃになる!」

「ああ、悪い悪い」

一通り混ぜた後仁王はポンポンと頭を叩きながら謝る。
いつものことなのに、意識した途端に髪に全神経集まってるみたいな感覚に捕らわれて、私は乱暴に仁王の手を払い落として席を立つ。

「月城?」

私のそんな態度に驚いたのか訝しげな仁王の声を背中で聞いたまま教室を飛び出した。

「おい、月城!」

「ちょっと自販いってくるっ!」

心臓がドクドク行って、喉が渇いて仕方なかった。
廊下の外れにある自販にたどり着くと目の前にある窓ガラスに仁王の姿が見えて私は慌てて階段を下りた。

「月城!何で逃げるんじゃ!」

「ついてこないでっ!」

気持ちの整理がつかない。仁王にマトモな態度、いつも通りの態度を取れる自信がない。
だから追いかけてこないで欲しいのに。

先生に怒られながら私達は鬼ごっこを続けていた。
階段をあがったりおりたり、息が切れそうになりながら三階に上がった時、ついに捕まった。

「もう…逃がさんぜよ」

仁王も息を切らしていて、私はもう虫の息で抵抗する気力すらなかった。
壁に背中をつけた私の両脇に手をついて真剣な顔した仁王に私は思わず目を背けた。

「…?月城、顔が赤いぜよ」

「な、何でもないっ」

そう言った途端に鳴るチャイム。
授業が始まったことを教えるその音に私の顔が一気に青ざめた。

「授業っ」

「ダメじゃ」

階段に向かおうとして両脇に付かれた腕に阻まれる。
腕をくぐろうとしたらそのまま仁王に抱きすくめられた。

「に、お…」

「逃がさん、って言ったじゃろ」

ぎゅうっと抱き締められて痛いくらいだ。
顔はこの上ないくらいに真っ赤になってることだろう。
もうどうしていいかわからなくて、頭はパニック状態だった。

「や…仁王もう…離してよぉ…」

気付けばはたはたと仁王の腕に涙が落ちて、仁王が驚いた顔でこっちを見ていた。

「な、月城…!」

何かを言おうとした仁王の声の途中に聞こえた足音に仁王は近くの和室の戸を開けた。

「…?誰か、居たような気がしたが」

ペタペタと通り過ぎていく足音を静かな和室の中で息を殺して聞いていた。
すっかり足音が聞こえなくなってほっと胸を撫で下ろして、自分が仁王に後ろから抱き締められていることに気付いた。

「ちょ、仁王…!」

「頼むから、泣かないでくれんか。お前さんに泣かれるとどうしていいかわからん」

仁王の足の間で抱き締められて、息が首筋を擽る。
そんな密着した状態で、正常でいられるはずがない。

「っちょ、仁王、もう泣いてないから…!」

じたばたと腕を外そうともがけばもがくほど仁王の腕は私にきつく巻き付く。

「ね、仁王離し…

「好きじゃ」

て…え?」

離して、と言おうとした瞬間に好きだと告げられて、私の思考が停止した。
その間に仁王は私の体をくるりと回して額をくっつけた。

「月城のことが、好きじゃ」

真剣に見つめられて顔が沸騰するかと思うほどに熱くなる。

「仁王…私…」

「お前さんが俺のこと何とも思ってないことは知っとる。じゃから急に答えを出せとは言わんよ。
ただ、知っといて欲しかったんじゃ。男として意識して欲しかった」

「仁王…」

「じゃから、逃げんでくれるか。避けられるのはキツいもんがあるからのぅ」

「うん、ごめんね…」

俯いて謝ると視界が塞がれる。
ふわりと自分のものではない石鹸の香りがして、仁王の腕の中にいることを知った。

「もう少しだけ、このままで…」

頭上から聞こえる仁王の優しい声に私は何だか泣きたくなってシャツを掴んだ。


自分以外をこんな風に仁王が抱き締めてたら、私はどう思うのだろう。

抱き締められて嫌じゃないのは何故だろう。


答えなんてとっくに出ているのに私はまだ言えずにいた。
この腕が解かれたら、その時に言おう。
小さな執行猶予。
もう少しだけ許して。











君に捕まるまであと五秒

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