DANS LA NUIT-真夜中に-
パチ…パチ…
火の爆ぜる音が暗い森に響いていた。
盗賊に村を襲われ、両親も行き場もなくした私を拾ってくれたのは傭兵団を率いていたクォークだった。
魔法も使えない、剣など持ったこともない私を食事の用意と怪我の手当をすればいいと傭兵団に置いてくれた。
今日もこうしてみんなの帰りを待ちながら夕飯の用意をしている。
もうここに入って半年が経っていた。
「たっだいまー!」
森の奥からぶんぶんと手を振るセイレンが見える。私が手を振り返せば嬉しそうに走ってきて、抱き着いた。
「お帰り、セイレン」
「ん〜相変わらずミシャのお肌はすべすべだぜぇ」
「またそんなこと言って。みんなもお帰りなさい」
後ろから歩いてきたみんなが口々にただいま、と言う。
私はこの瞬間が一番好きだった。
「ご飯出来てるよ、食べるでしょ」
「ええもちろん!お腹ペコペコですわ」
「ふふ、お疲れ様」
そうしていつも通りみんなでご飯を平らげて、代わる代わる火の番をしながら眠りについていた。
「ん…」
嫌な気配に目が覚める。じっとりとした視線が体に絡み付く感覚。嫌な汗が背中を伝った。
なにか、いる…
頭上に感じる気配は人間のそれではない。悪意を持った人ならざるものの気配だ。
隣で眠っているセイレンとマナミアが気付いている気配はない。
火の番のユーリスは火を挟んで真反対の方にいるから気付いていないのかもしれない。
まだこちらから気配は遠い、みんなに伝えなくちゃ。そう思っているのに声が出ない。
それどころか未知の恐怖に体が勝手に震え出した。
敵に気付かれるわけにはいかない。勝手に震える体を何とか止めようとするけどそう簡単には行かない。
近寄ってくる嫌な気配。もうあと何メートルの距離だろうか。ざく、と草を踏み締める音がしたと思ったら急速に気配が近付く。敵意を頭の真上に感じて目を開けた。
そこには今にも飛び掛かって来そうなリザードマンがいた。
「っきゃあぁぁぁ!」
思いっきり声を上げたと同時に頭上から気配が消えた。ふと見ればセイレンがリザードマンを蹴飛ばしていた。
「ミシャ大丈夫か!」
腕を引っ張って助け起こしてくれる。こくこくと頷くしか出来ない私をセイレンは撫でてくれた。
「っ危ねぇ!」
セイレンが急に私を投げ飛ばす。それと同時に鼻につく嫌な臭い。鉄の、臭い。
セイレンの腕がリザードマンに切り裂かれていた。私を庇って。
「ぐっ…」
「セイレン!」
「ミシャは下がって」
動きの止まったセイレンに更に襲い掛かろうとしたリザードマンに、私の前に立ったユーリスが火を放つ。
いつの間に囲まれていたのか、みんな剣や魔法で応戦していた。
クォークが声を上げる。
「ミシャ!みんなの荷物一人で持てるか!」
「う、うん!」
「ユーリス!ミシャが全部持ったら魔法で道を開け!一先ず退く!」
「オッケー任せて!ミシャ、準備はいい?」
「う、うん!」
私が荷物をかき集めるとユーリスが咏唱を始める。
一番手薄なリザードマンの方に向かって魔法を放ったと同時にクォークが叫んだ。
「今だ!走れ!」
私を先頭に後ろから追いかけてくるリザードマンとやり合いながらみんなも走ってくる。
暗闇の中、ただただ走った。
どのくらい走ったのか、漸くリザードマンを撒いて私達はしゃがんで息を整えることが出来た。
「セイレン!傷、見せて」
「先程魔法はかけておきましたわ」
マナミアの魔法のお陰で血は止まっていた。ただ腕に残った大きな傷は直ぐには消えない。私は包帯と薬草を取り出してセイレンの治療を始めた。
「ごめんね…セイレン」
「なーに謝ってんだよ、こんくらいどうってことねぇって」
「ううん、ごめん、ごめんなさい…」
「っおいミシャ!泣くなって〜」
いつの間にか守られる日常に甘えていたから気付かなかったけど、私は余りにも足手まといだ。
自分一人すら守れない。
悔しくて、情けなくて、悲しくて、涙は止まらなかった。
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