ぽたぽた落ちる金魚花火
庭先からぎゃーぎゃーと騒がしい声が聞こえる。
私はくすっと笑ってその声の方に向かった。
「晋作さん、」
「やっと来たのか!待ちくたびれたぞ!」
そう言いながら笑顔で振り返った晋作さんの顔が途端にぽかんとする。手に握った筒から出続ける火花が目の前にいた人にかかりそうになっていた。
「うわっカシラあぶねぇっ!」
「あっ、す、すまん!」
「ったくぽかんと姉さんにみとれちまってー」
「なっ…」
「確かに綺麗だからね」
晋作さんが言葉に詰まっていると後ろから桂さんに声をかけられる。
花火を仕入れたから花火大会をするぞっと言う晋作さんの突然の発言があったのがお昼。花火と言えば浴衣かなって桂さんに相談したら用意してくれた。
普段は用意してくれた高杉さんの好みなのか淡いピンク系の着物ばかりだったけど、桂さんが用意してくれたのは濃い紺の浴衣だった。
こういう色も晋作は好きなんだよ、と一言告げて。併せて用意してくれた薄い水色の髪飾りも一緒に付けると自分で言うのもなんなんだけど、ぐっと大人っぽくなった気がした。
「桂さん、浴衣ありがとうございました」
「いや、ここまで着こなしてくれると用意した甲斐があったと言うものだよ。よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
頭をぽんぽんと撫でられながら言われるとさすがに少し照れてしまう。
「小五郎!抜け駆けかっ」
「おや、私は抜け駆けなんてしていないよ」
「俺より先に紘を褒めただろう!」
「晋作が先に褒めなかっただけの話だろう。私が抜け駆けしたわけではないよ、褒めたければいくらでも褒めればいい」
桂さんが私の肩を掴んでくるりと体を反転させて晋作さんと向き合わせる。
少し頬が赤いような晋作さんはあー…とかうー…とか唸りながら頬をぽりぽりと掻いてぼそりと似合ってる、とだけ言った。
いつもだったらさすがに俺の女だな!とか豪快に笑いながら言うのにそれもなくて、私も何だか照れてしまった。
気付けば私達の周りに人はおらず、庭の端でぽつんと取り残されていた。
「は、花火するぞっ花火っ」
「は、はい!」
ごそっと手渡された筒花火に火を付けて、二人で花火を楽しむ。たくさんあったそれはあっという間に無くなって、最後に藁みたいなものを渡された。
「これは?」
「ああ…それは線香花火だ。派手じゃないが趣がある」
「線香花火ってこの時代からあったんだ…」
未来とはなんだか感じが違うけど。
ぱち、ぱち、
桂さんたちも線香花火に入ったのか庭は静かに線香花火の散る音しかしない。
線香花火をやるとどこかしんみりとしてしまうのはどの時代でも変わらないみたい。
ふと視線を感じて顔を上げると晋作さんが真っ直ぐこっちを見ていた。
「?晋作さ」
ん、と言うはずだった言葉は晋作さんの唇に飲まれた。
触れたそれはすぐに離れて角度を変えて触れてきた。
「んっ…」
何度も何度も触れるそれにだんだん頭がぼうっとしてくる。
もう何も考えられな…
「ぅあちっ」
え?
急に唇が離れて晋作さんの叫び声が耳に届く。どうやら線香花火が足に落ちたらしかった。
私のもとうに落ちていて、辺りは蝋燭の明かりでかろうじて見える程度。
「足冷やさなきゃっ」
そう言いながら私が立ち上がるとぐいっと腕を引かれて晋作さんの腕の中に倒れ込む。
ぎゅっと抱きしめられて身動きが取れなくなる。
「晋作さん!?」
「紘がそんな格好するから悪い」
「え?」
「…そんな俺好みの色っぽい格好するから、そそられた」
「そ、そそっ!?」
「でも今度から小五郎が用意した着物なんて着るんじゃないぞっ」
「え、何でですか?」
「男が女に着物を贈るのは、脱がせたいって言う下心があるからなっ」
「え!?そんな!桂さんは違いますよ!!」
「まあ小五郎の代わりに俺が脱がすからいいんだけどなっ」
「ちょ、ちょっと何言ってるんですかいきなり!」
「いきなりじゃないぞっ、そそられたと言っただろ!」
「そんな…きゃっ」
いきなり晋作さんに抱き上げられて慌てる。ぎゅっと首にしがみつくと満足げに笑った。
「大人しくしてないと舌を噛むからな」
「し、晋作さん…!」
「やっぱり雫はそうやってあたふたしてる方が可愛くていいな!」
「もう!馬鹿!」
「俺の理性はそんなに強くないからな、あまり煽るとお前が大変だぞ」
「なっ…」
「だから急に大人っぽくなるな、理性が飛ぶ」
いつも理性なんて効いてないじゃないとか、色々言いたくなったけど赤い顔で真面目に言われたら恥ずかしくなってもう何も言えなくなってしまった。
「…晋作さんの馬鹿」
「ん?なんだ?」
「大好きって言ったの!」
「!!だから煽るなと言ってるだろっ!」
そしてまた唇は塞がれてしまった。
ぽたぽた落ちる金魚花火
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