きみへ続く空



「はい出来た!」

お登勢さんにぽんと背中を叩かれて鏡を差し出される。
普段流している髪は綺麗に結いあげられて簪がさされていた。

「わー可愛い!ありがとうございますお登勢さん!」

「いえいえ、寒いから気をつけてね」

「はい」

しっかりと着物を着込んで寺田屋を出る。普段とは違う晴れ着になんだかワクワクした。

「お待たせしました!」

寺田屋の前で待っててくれたみんなに声をかけると普段とは違う紋付袴を来たみんなが振り返る。
武市さんがにこっと笑って行こうか、促した。

「姉さん着物似合いますね」

「ほんと?ありがとう」

「髪を結い上げているからいつもより大人っぽいね」

「ほんに、色っぽいぜよ…」

「も、もう武市さんも龍馬さんもおだてすぎですって!ねぇ以蔵」

「…」

「以蔵?」

「姉さん、以蔵くんは照れてるんスよ。姉さんがあんまり綺麗だから」

「そんなんじゃないっ」

「えーさっき見とれてたのに?」

「何?そうなのか以蔵」

「せ、先生まで!そんなことありません!」

「ほんとかのう」

「龍馬!」

いつものみんなのやり取りに私はくすくすと笑ってしまう。

初詣に行こうと言い出したのは私だった。
どうやらこの時代には初詣の概念がないらしく恵方詣と言うらしい。ということでその年の恵方の寺社に詣でることになった。

「恵方詣が終わったら長州藩邸と薩摩藩邸にも挨拶せんとのう」

「あれ?土佐藩邸はいいんですか?」

「新年早々から乾の顔など見たくない…」

「た、武市さん」

「あそこには紘さんは連れていけんしのう」

「え?なんでですか?」

「こんな着飾った姉さんを乾さんが見過ごすわけないっスし、つかまったら帰れなくなるっス」

「そ、そうなんだ…」

私は以前一度だけ会った乾さんを思い出しそれ以上何も言えなくなってしまった。

「お、ついたぜよ」

神社はそこそこの人混みだった。
手を合わせて参拝した後、おみくじを引きに行く。

「わ、大吉!見てくださ…い」

やった!と思って振り返るとみんながいつの間にかいなかった。

「え?え?みんなどこ?」

みんなの名前を呼ぶわけには行かず、ただただオロオロとするしかない。
みる限り人、人、人でみんながどこにいるかわからない。

「どうしよう…」

思わず呟くとぐいっと後ろから腕を引かれて振り返る。
「えっ…」

「やっぱり紘か!普段と違うから誰かと思ったぞっ」

「たっ高杉さん!」

知ってる人の出現に思わず泣きそうになる。すると後ろから晋作!と声が聞こえた。

「全く、一人で勝手に行くなと…おや?紘さん?」

「桂さん…」

「すまんな小五郎!」

もう一人の知り合いの出現にいよいよ泣きそうになった私にいち早く気付いた桂さんが頭にぽんと手を乗せてくれる。

「坂本くんたちとはぐれたのかな?」

「はい…」

「何!そうだったのかっ」

よしよしと桂さんが優しく撫でてくれて少し安心する。

「大丈夫だ!俺様がいるっ」

そして高杉さんがそういうとなぜだか安心出来た。

「それより今日は晴れ着なんだね?よく似合っている」

「ありがとうございます」

「流石俺様の嫁だなっ」

「嫁じゃありませんっ」

「はは、元気が出て来たじゃないか」

ばんばんと高杉さんに豪快背中を叩かれて噎せる。でもなぜか安心した。

「高杉くん、桂くんに…小娘か?」

後ろから聞こえてきた尊大な声に振り返ると相変わらず偉そうな大久保さんが立っていた。

「大久保さん」

「珍しいな、着飾っているのか」「え、あ、はい」

「ふん、なかなかどうして…」

「なんですか?」

「似合うじゃないか」

そう言いながら大久保さんがするっと頬を撫でて行く。私は恥ずかしくなって俯いてしまった。

「紘さん!」

バタバタと足音が聞こえてそちらを見ると龍馬さんを先頭に四人が走ってきた。

「龍馬さん!武市さん!慎ちゃん!以蔵!」

「すまんかった!見失ってしもうて…」

「いえっ大丈夫です!」

「そうだぞ坂本!俺様がいたからな!」

はっはっはと高杉さんが笑い飛ばす。

「高杉さんも桂さんも大久保さんも一緒にいてくれたんじゃな」

「晋作が見付けてね」

「私は偶然だったんだがな」

「恩に着るぜよ」

「ところで何持ってるんですか?みなさん」

よく見ると龍馬さんたちはそれぞれ手に何か持っていた。

「ああそうじゃった!これは紘さんにの」

「え?」

「熊手じゃ。幸運を集めるんじゃよ」

「僕からはこれを」

「矢…ですか?」

「破魔矢です。魔を払うという意味があります」

「俺はこれっス!」

「お守り?」

「はい!これで姉さんを守るっス!」

「…やる」

「風車?」

「そこの出店で売ってたからな」

「みなさん…ありがとうございます!」

私が笑って言うとみんなが満足そうに頷いた。

「よし!じゃあ宴会だ宴会っ藩邸で宴会するぞっ」

「え!」

「おう!いいのういいのう」

「ふん、私は帰る」

「え?大久保さん来ないんですか?」

「私に来てほしいのか?小娘」

「いえ、そういうわけじゃっ」

「…お前が来てほしいと懇願するなら行ってやらんこともないぞ」

「えっええっ!?」

大久保さんの手が私の顎にかかり顔を寄せてくる。こ、このままじゃキスしちゃうよっ!

「別に来なくても構いませんよ、大久保さん」

ぎゅっと目をつぶった私の耳に冷淡な声が聞こえた。顎にかかった手の感触がなくなってそっと目を開けると武市さんの背中に庇われていた。

「随分な態度だな、武市くん」

「あなたが新年早々に紘さんに不埒な真似をするからです」

「ふん、面白い。小娘!」

「は、はい!」

「小娘は私に来てほしいか、来てほしくないのかどちらだ」

「え、その…」

「遠慮することはないんだよ紘さん、正直に言っていい」

「えっと、せっかくお正月だし偶然にもみんな会えたので大久保さんも来てもらえたらなって思います…」

「なっ!」

「ははっ振られたな武市くん」

「…まだわかりませんよ」

「どうだかな。来い小娘、行くぞ」

「は、はいっ」

武市さんと大久保さんの間に挟まれて先を行く高杉さんと龍馬さん、その少し後ろの桂さんの背中を追う。
私たちの少し後ろから慎ちゃんと以蔵が来ていた。

家族やカナちゃんに会えないのは寂しいけれど、みんなに囲まれてとても幸せだと感じた。
晴れ渡った空を見上げて、あけましておめでとうと心の中で呟く。
遠い未来にいる、私の大切な人に届きますように。










きみへ続く空

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