今何かが奪われたとしたならばそれはこの心
「今日は大久保さんはお出かけ…か」
いつものように食事の後極渋茶を用意して部屋にいたら、既に部屋は蛻の殻だった。
はぁ、と溜息をついて卓に熱いお茶を置いて座る。
薩摩藩邸にずっといると嫌みすら日常になって、なんだか物足りなく感じてしまう。
「勿体ない…」
お茶にこだわりを持つ大久保さんは最高級の玉露を用意している。最初の頃でこそ、玉露が死んでいる!とよく怒られた。
「うわっ渋…」
ずず…と一口飲んだら余りの渋みに口が曲がりそうになった。何でこれを美味しそうに飲めるんだろ…わかんない…。
「私の部屋で何をしている、小娘」
いつの間にいたのか、後ろから聞こえた声に動揺して湯呑みを落としそうになった。恐る恐る振り向けば部屋の入口で腕を組み、相変わらず偉そうに立っている大久保さんがいた。
「大久保さん…出掛けたんじゃ…」
「少し外に出ていただけだが。私の茶は」
「いっ今いれてきます!」
「お前の手にあるのは私の湯呑みに見えるんだが」
「これは…えっと、もう冷めちゃったし、入れ直してきますから!」
「それでいい。寄越せ」
「ダメです!」
「何故だ」
大久保さんに渡したら、間接キスになるからなんて言えるはずもなく私は黙り込む。
大久保さんは眉間に皺を寄せ怪訝そうな顔でこちらに手を伸ばした。
「寄越せ」
「っ…ダメっ!」
伸ばされた手を避けるように湯呑みの中のお茶をぐっと口に含む。
一気に口の中に苦味が広がって飲み下すことが出来ない。
「は…」
大久保さんが呆れたような声を出して、それからくっと喉の奥で笑う。
口の端を上げて愉快そうな顔をした後、私に目線を合わせるようにしゃがんだ。
「全く、小娘は本当に頭が悪い」
そう言って手が伸ばされる。私の頭を掴んだその手に引き寄せられて唇を奪われた。
思わずぎゅっと目を閉じると同時に大久保さんの舌が口の中に入ってくる。
好き勝手に掻き回されて漸く解放された頃には息も絶え絶えになっていた。
「…小娘の口から飲むと、極渋茶も甘いな。どうだ、もう一杯飲んでみるか?」
「〜っ飲みません!お茶いれてきます!」
愉快そうな大久保さんを置いて乱暴に部屋を出た。
勝手に赤くなったの顔も、高鳴る心臓の音も、嫌じゃなかったこの気持ちにも、今はまだ気付かないふりをして。
今何かが奪われたとしたならばそれはこの心
「…無意識に男を誘うようなことをするのは、困りものだな…」
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