すき



振り向いた顔、

さらさらの髪、

不意に泣き出す時の横顔、

約束の指、

拗ねた唇、

全部、全部好きじゃ。

振り向いた時の零れるような笑顔。
さらさらと滑り落ちる髪。
ワシのことを思って泣き出す時のあの表情。
指切りをした小指。
子供扱いをするなと拗ねたように尖る唇も、すべてがまっこと愛おしい。

「すきじゃ…紘」

夜空に浮かぶ真ん丸な月を見上げて、ワシは呟いた。
季節は冬に近付いて夜の空気は凛としていた。ぽっかり浮かぶ月に紘の笑顔が重なる。
ひとつついたため息は白く浮かんで、そっと夜空に溶けていった。





笑顔が好き、

透き通った声が好き、

優しい瞳が好き、

冷たい指先が好き。

太陽みたいななにもかもを照らし出す眩しい笑顔。
私を呼ぶ時の優しい声。
そっと見つめてくる熱の篭った優しい瞳。
ひんやりとしたあの指先。
思い出せば思い出すほど愛しくて。
隣にいないのが寂しくて。私は障子を開けて空を見た。

「寒い…」

冷たい空気が体を冷やす。見上げた月は嘘みたいに綺麗で。
やっぱり、あなたを思い出す。

「会いたいよ…龍馬さん」

はやく、かえってきて。お仕事の都合で、土佐藩邸に泊まることになったと伝えられたのはつい昨日のことだ。
もう、二日も会ってない。

「寂しいな…」

笑顔を思い出すときゅうと胸が痛む。そして実感する、あの人がどうしようもなく好きだって。

「紘、」

早く帰ってきて、また名前を呼んで。
あなたに呼ばれる名前が特別に感じるようになったあの日から、私は龍馬さんに恋焦がれてる。

「龍馬さん…」

呟いた声は、夜の闇に溶けていった。





「何をしてる坂本!こっちへ来い!」

後藤さんが隣の部屋からワシを呼んだ。
紘は、ワシが帰らないことを寂しがってくれてるじゃろうか。
あの子は優しいから、きっと顔には出さんじゃろう。それが嬉しくもあり、少し寂しくもある。
気丈に振る舞うその姿はワシの胸を掻き乱すばかりじゃ。

「坂本!早く来いといっちょろうが!」

「今行くぜよ」

…はやくあいたい。
紘の隣に座って見上げた時の月はこんなに寂しくて冷たいものではなかったのに。

「やっぱり紘がおらんとだめじゃ…」

ぽつりと呟いてワシは盃をあおった。









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