やさしい雨の日



その日は雨がしとしとと降っていた。

「以蔵?ちょっといいかな」

「なんだ」

宿には私と以蔵だけが留守番で、雨でも龍馬さんたちは忙しそうに方々に出掛けている。薩摩に来て、手も大分動くようになったからってあまり無茶しないでほしいのに。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど…」

「なんだ」

以蔵は部屋で刀の手入れをしていた。振り向かない後ろ姿に私は話し掛ける。

「あの、さ…龍馬さんって私のこと本当に好きなのかな…」

「は!?」

そういった途端に以蔵がすごい勢いで振り返った。目は真ん丸に見開かれている。

「お前…あれだけわかりやすいのに何を言っているんだ」

「だって龍馬さん…両想いになったはずなのに何もしてくれないし…」

「っ!?」

「それこそ、キスだって…」

「鱚?」

「あっやっ、あの…せ、接吻?かな」

「!そんなこと俺が知るかっ」

「ごっごめん」

「…とにかく、龍馬はお前のことが好きだから安心しろ」

「うん、…ありがと」

また向こうをむいてしまった以蔵の背中にお礼を言って部屋を出る。
後ろ姿から見えた耳が赤くて、なんだか嬉しくなった。



「まだ、雨止まないなぁ…」

あのあとみんなが帰ってきて夕餉を食べて、温泉に入って。浴衣に着替えて部屋で溜息をついていた。窓から雨がしとしとと降っているのが見えて、何とは無しに気が滅入る。

「紘?まだ起きちょるか?」

「あ、はい!」

襖の外から龍馬さんの声が聞こえて、私は布団の上に姿勢を正す。
龍馬さんはポリポリと少し困った顔で入ってきた。

「その、何やら悩んじょるって聞いたんじゃが…」

「え、」

「ワシのせいなんじゃろ?」

「あっあの」

「以蔵から聞いたんじゃ」

以蔵、わざわざ龍馬さんに伝えてくれたんだ…

「やっぱり優しいな…」

なんとなく心が暖かくなった。

「紘?」

「あの、龍馬さん」

「ん?」

「私のこと、…好きですか」

「は、」

「龍馬さん何もしてくれないからっ、その…」

あ、やばい。涙、出そうっ…

「!」

ぽろっと零れそうになった涙は龍馬さんの唇に吸い取られた。
いきなりの龍馬さんのドアップに私は目を見開く。

「…好きじゃ」

「っ!」

「ちゃんと、好きじゃから。不安にさせて、すまん!」

龍馬さんはガバッと頭を下げる。私は慌てて龍馬さんの顔を上げさせようと肩に手を当てる。
すると龍馬さんの手が私の手首を捕まえた。

「龍馬…さん」

「口吸い、したい」

「えっ」

赤く染まった顔が間近に迫る。その意味を察してぎゅっと目をつぶった。

そっと触れるだけの唇は柔らかくて、熱くて、嘘みたいに優しかった。
すぐに離れて龍馬さんは私の頭をくしゃくしゃ混ぜる。立ち上がってすたすたと襖まで歩いていってしまった。

「龍馬さん?」

「その…今日はもう遅い、早く寝るがじゃ」

「あの…」

「……男は、本気な女子ほど軽く抱けんものじゃ」

それだけ言って龍馬さんは部屋を出ていってしまった。
どうしよう、ほっぺが熱くてとても眠れそうにない。










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