好きだから。



「あ―虹…」

その日は朝方まで雨が降っていて、日が登りきる頃にはすっかり晴れていた。
朝稽古を終えて縁側に出てみれば、空に綺麗な虹が架かっていた。

「綺麗…」

太陽が眩しくて、手を翳して少し日差しを遮る。
この世界に来て初めて見る虹は、元の世界のものより綺麗に見えた。

「あ、そうだ!」

思い付いて私は部屋に上がる。廊下を走り、許可なく襖を開け放った。

「以蔵!」

部屋で寛いでいた以蔵はびっくりしたように目を見開いて、すぐに厳しい顔付きになる。

「どうした、―敵か!」

「違う、違うけど急いできて!刀はいらないから!」

「お、おい!」

以蔵の手をぐいぐい引っ張って走る。
早く、早く、消えてしまう前に!

「おい!何なんだ一体!」

「以蔵!上!」

庭に出た途端に以蔵から手を振り払われる。赤い顔した以蔵に空に指して促した。

「…虹か」

「そう!綺麗でしょ」

「まさかこれのために走ってきたのか」

「う。お、怒った?でも、どうしても以蔵に見せたくて…」

「いや、…ありがとう紘」

怒鳴り付けられるかと思っていたのに、以蔵は柔らかく笑ってくれた。
そのまま隣に立って、私たちは虹が消えるまで庭に立ち尽くしていた。

…不思議だな。
どうしてだろう、さっき見付けた時よりも虹はうっすらとしていて消えかけているのに。
さっきよりも、綺麗に見えるなんて。

「もうすぐ、消えるな…」

「うん、そうだね…」

あ、そうか。以蔵と一緒だから、綺麗に見えるんだ。
でも、なんでだろう。

「そろそろ部屋に戻るぞ。風が冷えて来たからな」

「うん…」

すっかり虹は消えて、以蔵は部屋に戻ろうと私に背を向ける。
その背中を見て、思った。
私、以蔵のこと―
好き、なんだ

好きだから一緒に見たいと思った。見せたいと思った。
好きだから、笑ってほしくて。

「紘、どうした?」

振り返った以蔵が私を待ってる。
ただそれだけのことで心臓がきゅっとなった。
ああ、私、やっぱり―

「ううんっなんでもないっ」

―以蔵が好きなんだ。










好きだから。

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