君はきみでいればいい



「ほう、多少は見れる姿になるじゃないか」

薩摩藩邸にやってきた小娘に用意していた着物を着せた。鴇色の美しい着物だ。
思いの外似合っているその様子に目を見張る。
それに普段とは違う大人しい様子がなんとも…いじらしいではないか。

少し面白くなって、私は小娘をそこに残し部屋を出る。
いつか遊んでやろうと用意していたものを使うべき時がきたようだ。

「待たせたな」

小娘を座らせ、その後ろに腰を下ろす。さらさらと指から零れる髪を後れ毛が出るように色っぽく結いあげて簪を挿す。
こちらを向かせた小娘の前髪をあげて押さえ、花の露をつける。

「えっえっ大久保さん!」

「煩い、大人しくしていろ」

「いやっあのっ何をっ」

「悪いようにはしない」

にやりと笑ってやれば逆に不安そうな顔をした。
その反応は面白いが、今は眉間に皺を寄せられるのは困りものだな。
眉間を叩き、皺がなくなったところで、花の露を使って白粉を溶いた。

「大久保さん、それは?」

「黙っていないと口に入るぞ」

太めの化粧筆につけ、小娘の顔に丁寧に塗り付ける。塗っては叩き、塗っては叩きを繰り返し、紙を載せて湿らせた筆で顔の上からなぞり、余分な白粉を落とす。
白粉を乾かしている間に爪紅を施してやる。白魚のような手に、思いの外よく映えた。
白粉が落ち着いたところで今度は紅白粉を頬に伸ばす。
紅を細筆に取り、閉じさせた瞼の上に細く引く。
残りは紅だけだ。
紅筆に笹紅を取り、下唇にたっぷりと紅を点す。
上唇にも中心に少しだけ点してやる。

「―出来たぞ」

全てを終えるのにおよそ一刻ほどかかったが、まずまずの出来だろう。
普段のあどけなさは消え、遊女より艶やかな。それほどに小娘―紘は化粧映えしていた。

「これでは小娘とは呼べんな」

あまりの似合いっぷりに思わずそんな言葉が口をついて出るほどだ。
自分がしてやったとは言え別人のようで、自画自賛したくなる。
紘は先程から鏡を覗いてはよくわからない声を上げていた。

「おい、せっかく着飾っても阿呆面をしていたら意味がないだろう」

「ありがとうございます!大久保さん!」

振り返った途端に紘は突然そう言った。遊女よりも艶やかだったのは最初だけで、あっという間にいつもの小娘だ。
私はひとつ溜息を落とす。
だがこの小娘に少し安心したのも事実だった。
姿を変えても、変わらずにいて欲しいと思う。紘にだけは。
我ながら自分らしくないと思うがな。
阿呆で無知で無鉄砲で、初対面の私に怒鳴り付ける程の威勢の良さ。
こんな娘とはもう会うことはないだろう。
鏡の前でくるくる回り、至極嬉しそうにしている紘に声をかける。

「紘」

そう呼べば驚いた顔をして動きが止まる。

「大久保さん、今、名前…」

「小娘と呼ばれた方がよかったか」

「いえそうじゃなくて!」

「まあいい。外に出るぞ」

「どこへ行くんですか?」

「ホトガラ屋だ」

「ホトガラ?」

「黙ってついてくればいい。こけるなよ」

手を差し出せばまるで犬のように嬉しそうに握ってくる。
本当に、変わらない。
口元に浮かんだ笑みをごまかすように、少し早足で歩いた。









君はきみでいればいい



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5000hit こうさんへ
小娘に化粧を施す大久保さん。初めて大久保さん目線で書いてみました。
感情表現が豊かではないからちょっと固い感じになるんだな、と思いました。
イメージはマイフェアレディにプリティウーマン。
化粧はググりまくって色々調べたので多分江戸時代の化粧としてあながち間違ってないと思います。着物の色も昔ながらの言い方で。
5000hitありがとうございました!

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