触れた分だけ愛に変われ
薩摩藩邸に身を寄せることになって数日経った。
大久保さんのお茶の好みもわかってきて、食事の片付けを手伝ったりもするようになった。
「おい、小娘」
部屋の奥から大久保さんの声がかかる。振り返ると座布団に座ったままの大久保さんがこっちを見ていた。
「はい?」
「こっちへ来い」
踏ん反り返り、腕を組んだままの大久保さんが偉そうに言う。相変わらずって言ったら相変わらずだけど…
きょとんとしていたら大久保さんが眉間の皺を深めた。
「早く来いと言っている」
「あ、はいはいっ」
パタパタと大久保さんの前まで行くと自分の胡座を指差した。
「ここに座れ」
「…え?」
「聞こえなかったのか、ここに座れと言っている」
え、えーと。
ここって…大久保さんの足の上ってことだよね…
な、なんで!無理無理無理っ
「むっ無理です!」
「小娘に拒否権などないが」
「嫌です!」
「聞く耳持たん」
だから早く座れ、と急かされる。けど無理なものは無理。
恐る恐る私は大久保さんの前に背中を向けて腰を下ろした。背中を向けたのは明らかに機嫌が悪くなるであろう大久保さんの顔を見たくなかったからだ。「まったく…手間をかけさせるな」
そんな声が耳に届いて、ぐいっと後ろから引っ張られる。
「わっ…!」
気付いたら大久保さんの足の上。しかも腕は離すまいと言わんばかりにしっかりと前に回されていた。
「この耳はお飾りか」
「んっ!」
ふっと耳に後ろから息を吹き掛けられてびくりと反応してしまう。
それに気をよくしたのか大久保さんは髪を指に絡ませてキスしてみたり、首筋を唇で辿ってみたりやりたい放題で。
「もっ…大久保さ、やめ…っ」
耳たぶを甘噛みする大久保さんに息も絶え絶えそう言うと、くっと喉で笑う音がする。
「…耳が真っ赤だが、どうかしたか?」
「どうかし―!?」
言い返そうとした矢先、大久保さんの手がするりと衿元から入り込む。
肩から着物を落として、開けた左肩にキスを落とした。
「おっ大久保さん!やり過ぎっ…」
「私はまだ、足りないくらいだが」
「もう、やめてくださいっ」
「そう言われると、やめたくなくなる」
ええ!もうどうしたらいいの!
止めたらしたくなるってことは、やめないでってお願いしたら、やめてくれるのかな…?
私は恥ずかしさを堪えて、ちょっと振り向く。
大久保さんと目が合って、恥ずかしさを堪えて口を開いた。
「じゃ、じゃあ…もっと、して…?」
恥ずかしさから目線を合わせられず俯いてしまい、口は素直に動かず吃る。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
頭を抱えてうずくまりたくなった。
「…おねだりの仕方としては、上出来だ」
そう声が返ってきたと思った次の瞬間には、私の目の前には大久保さん。そしてその後ろに天井が見えた。
「えっあっおっ大久保さんっちがっ」
「もっと、と言ったのは小娘、お前だろう」
「―!?」
まさかの逆効果!
滅多に見られないくらいににっこりと笑う大久保さんに自分のこれからの運命が見て取れる。
「あんな風におねだりされたんじゃ、答えないわけには行くまい」
おねだりじゃないんですやめてほしかったんです…とは言えない。なんかもう、言えない。
それにこの状況を本気で嫌がっていない自分がいることも事実だった。
だからってこのままどうにかなりたくはないんだけどっ!
頭をぐるぐるとフル回転させているとちゅっと唇が額に触れて、優しく笑った大久保さんが、寛げられた着物の胸元を掻き合わせていた手をそっと外す。
その笑顔に勝手に心臓がどきっと跳ねた。
「安心しろ、優しくしてやる」
そこに不安がってるわけじゃないんです!どうやってこの状況を抜けられるか考えてるんです!
言いたかったけど、大久保さんの熱の篭った瞳に私は何も言えなくなった。
「…諦めて、私の物になれ、紘」
遠くにいるお父さんお母さんごめんなさい。私、こんなところでいきなり貞操の危機です。
触れた分だけ愛に変われ
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