こいわずらい



「龍馬さん、遅いなぁ…」
外は雷がごろごろと鳴り、通り雨にしてはひど過ぎる程の土砂降りだった。

「どこかで雨宿りしてくれてると良いんだけど」

一応おかみさんから手ぬぐいは借りてあるけど、この雨に降られたとしたらそんなものまるで役には立たない。
手持ち無沙汰に手ぬぐいを畳んでは開いて畳んでは開いてを繰り返す。

ガラガラ

玄関の戸が開く音が聞こえて私は部屋を飛び出した。

「龍馬さん?」

「おお!紘、出迎えてくれたがか」

予想通り龍馬さんはびしょびしょに濡れていた。コートや何かから水が滴って足元には水溜まりが出来る程に。
コートを脱いで絞っている龍馬さんに手ぬぐいをばさっと被せた。

「紘?わっ」

不思議そうな龍馬さんの髪をわしわしと拭くと、あっという間に手ぬぐいはびしょびしょになってしまった。

「紘は気が利くのう」

頬を赤らめてにへらと龍馬さんが笑う。そのいつもと違う笑い方に少しの違和感を抱いた。

「龍馬さん、ちょっと」

「ん?」

おいでおいでと龍馬さんを手招きすると相変わらず玄関に立ったままの龍馬さんが少し私との距離を詰める。
その冷えた頬を両手でがっちりと固定して額をこつんとあてれば案の定、熱くなっていた。

「紘、どうしたんじゃっ」

「やっぱり、龍馬さん熱いですっ」

熱なんかない、そう言い張る龍馬さんを引っ張って部屋に連れて行き、体を拭いて浴衣を着替えさせる。
最初は困ったように大丈夫じゃと言い続けていた龍馬さんも次第に熱が上がってきたのかぼうっとしていた。

「はい、龍馬さん寝てください」

「ん…」

すっかりふらふらになってしまった龍馬さんは顔を赤くしたままのろのろと布団に潜り込む。
布団をかけて、夕飯をお粥にしてもらって、武市さんから薬をもらって。
食べさせて薬飲ませて。
忙しなく動いてる間に龍馬さんはすっかり寝入っていた。

「すごい汗…」

手ぬぐいを濡らして絞り、額にかかる髪を避けて汗を拭いてやる。
額に見えた傷痕にどきりとした。
良くなったとは言え、刀傷は残る。さっき着替えさせた時も体中に大小様々な無数の傷があった。
私が知ってるものも、知らないものも沢山あった。
寺田屋が襲われたあの日、両手を大怪我した時の傷もまだ残っている。
無性に切なくなってぎゅうっとその手を握った。

「はっ…」

龍馬さんが、目を開けた。

「龍馬さん、大丈夫?」

私が問い掛けると龍馬さんはのろのろとこちらに顔を向ける。息が荒い。
手ぬぐいを濡らし直して額に乗せ、私は水を差し出した。

「龍馬さん、お水だよ、飲める?」

のろのろと起き上がった龍馬さんに水を差し出すとこくこくと一気に飲んでしまった。まだいる?と聞くと首を振る。
器を受けとって卓へ起き、体を支えて横たえようとしたら、そのまま抱きしめられた。

「えっ…?」

耳元を熱い息が掠める。少し体を離して顔を覗き込んだら、いつもと違う、潤んだ瞳と目が合った。

「っ…紘…」

少しかれた声もいつもと違う。苦しそうに私を呼んでもう一度ぎゅうっと抱きしめられた。
そっと手を背中に回すと安心したように力が緩む。
体が離されて、龍馬さんの唇が頬に寄せられた。
すぐに離れたそれは何度も何度も顔中の至る所に寄せられる。
その沢山の口づけを受けている間に気付けば私は布団に横たわっていた。
やっと離された唇。龍馬さんは天井を背にして私の目の前にいた。
そっと目が閉じられて唇が近付く。漸く唇に触れたそれはいつもよりも熱くて、強引で、少し乱暴だった。

「んっ…」

勝手に声が漏れる。その声に反応したかのように龍馬さんの手が首筋を撫で、私の浴衣を肩から滑らせる。

「っ…は」

離れた唇は今度は首筋に口づけを落とした。
触れて、離れて。熱い舌が首筋を舐めあげる。
そのじれったいようなくすぐったいような刺激に甘ったるい声が勝手に漏れる。
それが恥ずかしくて私はつい口元を隠した。

それに気付いた龍馬さんが私の手を退けて、両手首を布団に縫い付けてしまう。

「りょっ…ま、さ…」

「せっかくの可愛い声、隠すなんてもったいないぜよ」

もう名前もちゃんと呼べてない。赤い顔で息の荒い龍馬さんよりも、私がちゃんとしゃべれないなんて。

「んっ…!」

首筋を滑った唇に嫌なくらい敏感に反応する。恥ずかしくて恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
少し乱れた龍馬さんの浴衣姿が見える。私の胸元に顔を落として、唇で鎖骨を滑っている。
だんだんとずらされていく浴衣に未知への恐怖はふつふつと沸き上がる。
龍馬さんが普通の男の人みたいで、怖い。
男の人だってわかってたはずなのに、本当はわかってなかったのか。痛いくらいに抱きしめられたことも強く手を握られたこともあった。その度に自分とは違う男の人だと認識していた。
―つもりだった。
でもきっとわかってなかった。
視界がぼやけて、目から勝手に涙が零れた。
龍馬さんが好き。好き。
でも…怖いよ、不安だよ、どうしていいかわからない。
涙は止まらなくてぽろぽろと零れ続ける。
声を出さなくなった私を不思議に思ったのか龍馬さんが顔を上げる。
そしてびっくりした顔で手を離すと私を抱き起こしてぎゅうぎゅう抱きしめた。

「すまない紘!怖かったか…?」

私は答えられずに龍馬さんの浴衣をぎゅっと握っていた。
龍馬さんはただただ抱きしめて私の髪を撫で続けていてくれた。










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