いたずらなくちびる



今日は珍しく薩摩藩邸での会合だった。
薩摩藩邸には今薩摩からのお客様が逗留してるとかで、お客様に御足労願うわけにはいかないからと言うわけで薩摩藩邸に来ていた。
当然私はいつも通り別の部屋で待機…のはずだったんだけど

「暇ならば蔵書の整理でもしておけ」

と大久保さんに言われ私は今書庫にいる。

「なんで私が…」

しかもこの書庫、思ったより広いし本も沢山ある。会合が終わるまでに整理が終わる気がしない。
一度出した本を並べ直してひとつ、またひとつと棚に戻していく作業に私はひとつ溜息をついた。

「はあ…」

「なんだ、まだ終わらないのか小娘」

突然後ろから聞こえた声に肩がびくりと揺れる。振り返ると相変わらず不機嫌そうな大久保さんがずんずんと歩いてきた。

「この程度も終わらせられないようじゃ嫁の貰い手もないな」

足元の本と棚を見比べて大袈裟に溜息をつく。

「余計なお世話ですっ」

「まあ安心しろ」

「え?」

大久保さんが本を戻そうとしていた私の右手を取って手の甲にちゅっとキスをした。
そのままの状態で喋る。

「嫁の貰い手がなかったら、私が貰ってやろう」

動く唇が手の甲を擽る。愉しそうに笑いながらこちらを見る大久保さんに私は真っ赤になり後退ると踵が積み上げた本の山にぶつかり雪崩を起こした。

「あっ」

「全く…お前は何をやっているんだ」

そう言いながら漸く私の手を離して、本を積み上げ直す。もちろん貴重な蔵書なんだから気をつけろなどの嫌味も忘れずに。

「なんだ、いやに顔が赤いな」

大久保さんが目の前に立って、その指が頬を滑る。ますます赤みを増す頬に大久保さんが面白い玩具を見付けたように笑った。

「女らしいところもあるじゃないか」

言いながら頬に触れてた指は後頭部に回り、そのまま引き寄せられる。顔に触れる着物の感触、染み付いたパイプの匂い。
心臓はどんどん早くなっていく。

「…私に惚れてしまえ」

ぼそりと言ったその言葉に思わず顔を上げたら、

「…紘」

甘くて切ない声と額に触れた大久保さんの唇。
その感触はとても優しくて、普段嫌味を行っているあの唇と本当に同じものなのかと疑いたくなるくらいだった。

「抵抗しないと言うことは、私に惚れたのか」

ニヤリ。相変わらずの笑顔で笑う大久保さんを私は押し退けて

「惚れてませんっ!」

と叫ぶ。大久保さんは面白そうにいつまでも笑っていた。










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