いつもと違う帰り道
その日はみんな長州藩邸に会合に出掛けていて、私は留守番させられていた。
ただ留守番していても退屈だったから、お登勢さんに頼んでお買い物の仕事を任せてもらった。
また迷うんじゃないかと心配するお登勢さんに、近くのお店ならもう覚えたからと言い募ってなんとか仕事をもぎ取ったのだ。
「えーっと、あとは…」
片手に抱えきれないほどの荷物を抱えながら持参したメモを見る。
うーん、もう全部買ったかな?
もう一度メモを見ると、まだ買ってなかったものが目に留まる。
「あ!鶏!」
今日は鶏鍋にするとお登勢さんから言われて最後に書き足した。龍馬さんの大好物だ。
私は近くの商店に足を向けた。
「んっと…これで全部かな」
よいしょ、と荷物を抱える。もう両手でないと抱えきれない量になっていた。
前もよく見えない。
「おわっ」
「きゃっ」
よたよたと歩いて居たら何かにぶつかって後ろに転がる。荷物がバラけて慌ててかき集めた。
「おいてめぇ」
顔をあげると恐そうな人が刀に手をかけていた。
「ぶつかった相手より荷の心配するたぁいい度胸じゃねぇか」
「あっ…!すっすみません!」
慌てて立ち上がって謝るとその人はふん、と鼻をならす。
「今更謝って済むと思ってんのか?あぁ?ちょっと来いよ」
「きゃあっ」
荷を抱えていた腕を引かれてまた地面に散らばる。と言うか私今とてもまずい状況な気が…
「はっ離してっ」
「なかなか上等な顔してんじゃねぇか」
顎に手をかけて舐めるように見定めてくる。その視線が気持ち悪くて私は顔を背けた。
「その薄汚い手を離せ」
後ろから聞こえた声にハッとして振り返る。そこには相変わらず不機嫌そうな顔をした大久保さんが立っていた。
「なんだぁ?てめぇは」
「私を知らないとは無礼千万だな。その上その小娘に手を出すとは無礼者の上に愚か者と見える。小娘より馬鹿とか救いようがないな」
さりげなく酷いこと言われてる気がするんだけど…
「さっきから言わせておけばっ」
私を離して刀に手をかける。
「大久保さんっ」
「ふん、来い小娘」
大久保さんは片手だけで私を抱き抱えてもう片手で刀を抜き、相手の攻撃を受け止める。
「くっ…」
「早くやめた方が身のためだぞ。この騒ぎで新撰組が今にやってきてもおかしくない」
「!」
ぎゅう、と大久保さんの腕の力が強まって私は自然と大久保さんの胸に顔を埋める形になる。
少し苦いような煙っぽい匂いがした。タバコ…かな?
大人の匂いだった。
「おい小娘」
なんか急にドキドキしてきた…かも。
「小娘」
いつもの大久保さんとなんか全然違うしっ
「聞いてるのか、小娘」
ハッと顔をあげると不機嫌そうな大久保さんがいた。
「あ…」
やばい、怒られる。そう思っていたら大久保さんはにやりと口角をあげて笑う。
「そうか、そんなに私の腕の中は心地好かったか」
「ちっ違います!」
「照れるな照れるな、仕方のないことだ」
「違いますってば!」
「薩摩藩邸に来れば毎日でも抱きしめてやるが?」
「結構です!」
照れ隠しに足元に散らばりっぱなしの荷物をかき集めているとからかいがいのあるやつだ、と大久保さんは笑った。
もう…!また遊ばれた!
「その荷はどうする気だ」
「寺田屋まで運ぶんです」
「仕方ない、持ってやろう」
「え?」
「お前に持たせていたら何度同じことが起こるかわからんからな」
「あ…ありがとうございます」
私が抱えていた荷を奪った大久保さんは振り返って、ふっと口元を緩める。
「行くぞ…紘」
「!」
不意打ちは、ずるい。
いつもと違う大久保さんを見た、そんな帰り道。
いつもと違う帰り道
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