8粒目



「私、も」

静かに、でも確かに聞こえた声。信じられなかった。そんな言葉が返ってくるなんて。
少し体を離して顔を見ようとすると、照れたように顔を逸らされる。ああどないしよ、愛しい。

「…ほんまに?」

声が震えているのが自分でもわかる。情けない。
彼女は顔を逸らしたまま頷いた。
それだけでもう、堪らなくなる。
めちゃくちゃに抱きしめたい気持ちをなけなしの理性で押さえて、そっと抱きしめた。告白した日以来のそれに心臓がわしづかみにされるような気がした。
余裕なんて微塵もない。

「…好きや」

「私も、好き」

抱きしめた体が動いて背中にぎこちなく手が回る。それが堪らなく嬉しくてどうにかなりそうだった。

「あ、の蔵ノ介くん」

「…なに?」

「約束、覚えてる?」

その言葉に俺は体を離す。彼女は身をよじって近くにあったかばんを取りごそごそと中を漁る。取り出したのは俺が遠い昔、東京に旅立つ彼女にあげたキャンディの小瓶だった。

「それ…」

「中身はなくなる度に、別の飴を入れたの」

中身こそ違うものの瓶は確かに昔のままだった。

「私、最後の方がどうしても思い出せないの。蔵ノ介くんあの日なんて言ってくれた?」

そう言う彼女の手から飴の小瓶を取って、中から一粒取り出す。
あの日のように彼女の口に入れるとあの日と同じように俺は言った。

「約束や。絶対に、また会おうや。その時俺と結婚してや」

「え?」

「こう言ったんやで、俺」

そう言うと彼女は何かを思い出そうとするように視線を上に泳がせる。
そして思い立ったようにハッとすると途端に顔を赤く染めた。

「思い出したん?」

「う、うん」

照れたように頷く彼女が可愛くて俺は彼女をぎゅっと抱きしめる。

「俺のお嫁さんになってな紘ちゃん」

「ま、まだ中学生だよ?私たち」

「安心し、もう離さへんから」

「えっ」

戸惑ったような彼女の頬に手を添えて俺は彼女の唇を塞いだ。初めてのキスはレモンキャンディの甘酸っぱい味だった。

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