4粒目



「紘ちゃん」

授業が終わり教室を出ようとしたところを背中から呼び掛けられる。転校初日の私をこんな風に呼ぶのは一人しかいない。誰だかすぐにわかって私は足を止めて振り返った。
予想通り彼はにこにこと笑いながら鞄を掴んで駆け寄ってきた。

「蔵ノ介くん、なに?」

「一緒に帰ってもええ?」

「うん」

彼はにこにこと笑いほな行こか、と足を踏み出した。
そんな私の背中に今度は名字でお呼びがかかる。振り返れば担任の先生が明日書類持って来ぃやと叫んだ。
はい、と返事をして前を歩いているであろう蔵ノ介くんに追い付こうと視線を戻せば彼は一歩も進んでおらずそこに留まっていた。
もうええ?と聞いてきた彼に頷けばほな今度こそ帰ろと歩みを始めた。

「紘ちゃん家ってどっち?」

「あ、こっち」

「ほな俺と同じやね」

「そうなんだ」

「前の家に住んどるん?」

「前の家を覚えてないんだけど…」

「あ、せやったな。前の家は小さい公園の隣やったけど」

「隣に公園はないなぁ」

「ほな違うんやね」

たわいもない話を交わしながら彼と帰り道を歩く。
そのうち彼が行っていた小さな公園があり、その横は空き地になっていた。ここやったんやで、と彼が笑う。
建物のないそこに住んでいたと言われても実感も思い出も浮かばずそうなんだ、と相槌を打った。
そのまま少し歩いて自宅の前に差し掛かる、私ここなのと言うと蔵ノ介くんが少し驚いたようにここ?と聞き返す。不思議に思いながら頷くと俺の家ここの隣の隣やで、と笑って私もまた驚いた。

「ご挨拶は隣にしか行かないから気付かなかった」

「俺も通ったはずやのに気づかんかったわ」

二人して何だか可笑しくて笑ってしまった。そして私がじゃあ、と言うと蔵ノ介くんが片手をあげてほなまた明日と笑った。私もまた明日、と言って手を振り玄関の鍵を開ける。
扉が閉まるまでその瞬間まで、彼はそこにいた。

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