3粒目
HRに引き続き始まった一時間目が終わると途端に机に多くの人が群がってくる。
どの人も口々に白石と言う。それ以外は余りにも早口で聞き取れず、私は曖昧な笑顔を貼り付けることしか出来なかった。
「そこまでやっ」
目の前に出来上がった人垣を掻き分けるようにして白石くんが顔を出した。
「困っとるやろ、みんな落ち着き」
「なんやねん!元はと言えば…」
「彼女、借りてくで」
「えっ…」
手首を掴み白石くんが腕を引いて私を立ち上がらせた。
手を引いて人垣を抜け廊下へと出るとそのまま人の波を抜けるようにすいすいと廊下を抜ける。
すれ違う人が一様に彼を振り返り、中には頬を赤らめたり小さな悲鳴を上げる人もいて、再会してそんなに経っていないと言うのに彼の人気さがありありとわかる。
そのうちすれ違う人が少なくなり、手近な教室のドアを開けて入る。空き教室なのか少し埃っぽいそこには人どころか机さえなかった。
「―すまん」
「え?」
「手、痛ない?」
振り向きもせず私を引っ張ってきた彼は突然に振り返り掴んでいた手を摩る。
引っ張ってしもたから…と言う彼の顔は私よりも痛そうで思わず大丈夫、と口をついて出た。
すると途端に笑顔を浮かべてほんま?と笑った。
その笑顔は昔を思い出させる。と言ってもさっきまではその顔すら覚えていなかったので、今やっと「ああ、彼だったのか」と思わされた感じだ。
そんなことを考えながらただ彼の顔を見ていると彼の瞳が揺れ、何故か動揺しているのがわかった。
そして顔を横に向け、言いづらそうに口を開いた。
「あの、やっぱり覚えてへん?」
「あ、えっと…さっきまでは、全然…」
「…そか」
「ごめんなさい…私、昔のことあんまり覚えてなくて、白石くんのことも」
「いや、ええねん別に。責めてるわけやない」
ただ、と彼は続けた。
「俺のこと名前で呼んでくれへん?」
「え?」
「さっきみたいに、昔みたいに…蔵ノ介って」
「え、あ、うん。…いいの?」
「ええも何も俺が頼んでるんやで?」
「違くって…その、蔵ノ介くんなんかモテるみたいだし」
「モテる?俺が?」
「うん」
「…そんなこと気にせんでええよ」
「…そう」
否定をしないってことはモテるのか、やっぱり。彼の苦笑いを見ながら私は納得する。綺麗な顔してるしまぁそうだろうなとは思ったのだが。
「ほな、そろそろ戻ろか」
彼の申し出に私は頷いて彼の後ろをついて歩く。
埃の積もったドアを開けた彼が振り返り、口を動かした。
読み取れないまま不思議な顔をしていると彼が悲しそうなような曖昧な顔で笑ってまた歩み出す。
人がちらほらとしかいない廊下を彼の広い背中を見ながらただ歩いた。
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