髪結い



「おはようございます」

襖が開いて紘が顔を出す。珍しいのう…武市と一緒じゃ。
以蔵はさっと座り直して先生!おはようございます!と言った。
こっちは相変わらずじゃ。

「紘ここじゃここじゃ!隣あいとるぜよ」

「あ、はい」

すとん、と紘が隣に座ると手に持っていた何かをワシとの間に置いた。

「なんじゃ?これ…櫛かのう」

「あ、はいお登勢さんにいただいたんです」

「そうなんか!よかったのう」

「はい」

「しかし…なんでまたわざわざ持ってきたんじゃ?」

「あっ…」

それまで大人しく飯を食べていた武市が途端に声を上げる。

「さっきまで、武市さんの髪を梳かしてたんです」

にっこり。
そんな感じの笑顔で言った紘の言葉に武市はうなだれワシらは思わず叫んだ。

「なんじゃと!?」
「何!?」

ん?ワシら?
ふと見ると以蔵が驚いた顔をしてこっちを見ていた。

「おっお前!先生の髪に気安く触っていいと思っているのか!」

…そっちなんか。

「いや武市!紘に女中の真似事させるとはどういう了見じゃ!」

「ちっ違うんです龍馬さん!私が頼んだんです!」

「…おんしが?」

「はい」「なんで…武市なんじゃ」

「あっえっと武市さん髪長いし…さらさらそうだし」

「ワシ…髪伸ばそうかのう…」

「えっ」

何故ワシの髪はこんなにくるくるしちょるんじゃ…
なんで武市みたいにさらさらじゃないんじゃ…
うなだれていると紘が焦った顔で声をかけてきた。

「あっあの龍馬さんの髪、私は好きですよ!」

「…まことか?」

「はい!ふわふわしててお日様の匂いがして、大好きです」

大 好 き で す
髪のことじゃとはわかっていても思わず顔に熱が集まる。いかんいかん。

「ほんじゃあおんし、ワシの髪も後で梳いてくれるがか?」

「はい、もちろんです」

「ほんじゃあ約束じゃ」

前に紘が教えてくれた指切りをして、朝餉をさっさと片付ける。中岡が来て龍馬さん機嫌いいっスね?と不思議顔しちょったが教えてはやらんことにした。



「龍馬さん?入っていいですか?」

襖の外から遠慮がちに声がかかる。失礼しまーすと紘が入ってきて、ワシの後ろに座った。

「龍馬さん、紐といちゃっていいですか?」

「かまわんぜよ」

髪から縛られていた感覚が無くなって、紘の手が髪に触れる。やっぱりふわふわですね、と頭の上で弾んだ声が聞こえて、ワシの頬は知らずに緩んでいく一方じゃ。

「龍馬さん、終わりましたよ。髪私が結わいてもいいですか?」

「願ったり叶ったりじゃ」

引っ張っちゃったりして痛かったら言ってくださいね。と言うて紘の手が髪を結わく。
…独り占めはもう、おしまいかのう。

「はい、出来ました」

どうですか?と聞く紘を振り返ると大丈夫ですか?と聞いてくる。
手を引けばバランスを崩したようにワシの腕の中に落ちてくる。

「龍馬さん!?」

「紘の髪は綺麗じゃな」

さらさらと手から零れていくばかりの髪に触れる。赤い顔した紘と目が合って、髪から頬へ手を滑らせた。

「頬もすべすべじゃの」

「りょっ龍馬さん?」

いったいどうしたんですか!?と焦っている紘。
相変わらずの鈍さじゃのう…普通ここまでしたらわかると思うんじゃが…
でもそこが可愛らしいところでもあるんじゃが。
慌てっぱなしの紘を離してやればほっとした顔をして頻りに髪を撫でつける。
うーん動揺しちょる動揺しちょる。慌てた顔も可愛いとはもう無敵じゃのう。

「龍馬さーん、姉さん知りませんか?」

いきなり襖が開いて中岡が顔を出した。
いきなりなんじゃ。間の悪いやつじゃのう。

「あっ姉さんいた!ってなんか顔赤くないっスか?」

「な、ななななんでもないのっなんでもっ」

思いっきり動揺しちょる紘に思わず吹き出せばもー龍馬さん!と赤い顔で睨んでくる。全く怖くなく、むしろその顔すら愛らしい。

「…龍馬さん、姉さんに何したんっスか?」

中岡が不審そうな顔で見てくる。何にもしちょらんとは…やっぱり言えないかのう?

「姉さん髪ぐちゃぐちゃじゃないっスか!俺が直してあげますよ!ほら、行きましょ」

「えっあっ慎ちゃん!?」

中岡が紘の細い手首を掴んで堂々と掻っ攫って行く。
…なかなかやるのう。
まあ可愛い紘の表情をたくさん見られたから今日のところはよしとしとくかのう。
紘に結わいてもらった髪に触れて、ワシの頬は思わず緩んだ。










髪結い

→中岡慎太郎編へ続く

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