マンマ・ミーア!






他者視点


ここは天国だ。貧しい暮らしをしてきた私でもその存在くらい知っていたがここには美しい天使がいなかった。神様はいるが想像していたのと違う。私たちを救う気がないようで何の行動も起こさない。懺悔も聞かず地獄に落す姿を私は見たことがある。

早くに幼い息子を置いて先立った私だが、何年もここで暮らすうちに奇妙な湖を見つけた。そこは現世を映しだす水鏡のようだが恐ろしいことに罪を犯した人間を映すのだ。天国にいるとはいえ完璧な善人はいない。私たちに身内のこのような姿を見せて苦しめるのだからこれは私たちへの罰なのだろう。

ここを見つけたということは即ち身内の姿が映しだされるということらしい。案の定、数年経てば私の息子が画面の半分に大きく映しだされた。この画面の大きさの違いは罪の差である。そのままうちの息子以上の罪人は現れなかった。


・・・数年後。一人の女性がふらりとここにやってきた。


アリア・ブランド―と名乗るその女性はとても・・・そう、言葉で表すには足りないほど美しすぎる女性だった。
天国に来たその瞬間、あのいつも無表情の神すら動揺するレベルの美貌で天国から地獄まで、その日の内に彼女の名を知らぬ者はいないとされるくらい有名人となった。

どんな暗がりの中でもキラキラと輝く金の髪、琥珀色のやや切れ長の瞳をもった、あの世で一番美しいと謂われた悪魔の王よりも整った顔立ちはいっそ恐怖すら感じてしまう。


天国の住人の証として白いドレスを身に纏っている彼女はいつも木立でどこか遠くを見つめたまま憂いた顔をしていた。
その理由が知りたくて彼女の経歴を記録している神の使いを脅し・・・いえいえ頼んで聞いた話では彼女には私と同じで一人息子がいるらしい。

屹度彼女の息子もあのすばらしい美貌を受け継いでいるのだろう。この湖に映しだされるはずがないと、この天国ですら最近では居場所がない私なんかでは近づくことすらおこがましい・・・そう思っていた。


だが彼女は来た。死蝶に誘われるようにふらりと現れた。
彼女が湖に触れると水面が揺れ、そこには彼女によく似た、それでいて男らしい美しい少年が馬車に乗っている場面が映し出される。

いつもの憂い顔のままじっとそれを眺める彼女の瞳が揺れて初めて私は視線を水面にやった。

―・・・犬の悲鳴と少年の激怒した聲、その中心には金髪の少年。

そのまま流れる映像は信じられないことに女神の様な彼女の生き写しの様な少年の口から出る聞くに堪えない罵言。思わず二度見した。

それから少年の悪行が流れると同時に項垂れていく彼女は何時しか涙すら流せないほど弱っていた。さすがの神も最近慌てだしたほどだ。近いうち手を打つらしい。


それにしてもうちの息子が霞むレベルの悪人がいようとは驚きである。義父に毒を盛りだしたあたりから画面の半分は彼が占めていた。そしてとうとうかの少年は青年、そして人外の怪物へと変わってしまった。

よくあんなゲロ以下がこの世に生まれてきたなと住人達はよく言っているが、この女性を失ったことであのディオという男は狂ったのだと思う。私だって彼女の子どもで、あそこまで息子が落ちて尚見捨てないアリアさんの愛情を受けていたのならそうなったかもしれない。身内がその悪人を見捨てれば自動的に映像は消えるのだ。しかし彼女の場合、一度たりとも途絶えていない。


屹度彼女は当の昔に消えてしまったという本物の天使なのだろう・・・天使が現世で穢れた人間と交わったことで生まれたのは魔王の素質をもつ子どもなのだ。

その悪魔が私の息子・・・ジャックを化け物にした時何度も頭を下げられたが彼女は悪くない。いや、それ以上に私はそれをみて歓喜した。息子はお世辞にも美しいとはいえない男で、だが私の面影を持つ悪人だった。そのジャックが彼女にそっくりな悪魔に仕えることを許されるのはまるで私というちっぽけな存在がこの天使の様なアリアさん、いやアリアさまの傍にいることを許されるような・・・。

ああなんてこと!!
天国にいるからといって私だって悪魔の様な醜い思考じゃない!!



「……ごめんなさい」と小さく、今にも消えそうな声色で呟くアリアさまをこれ幸いと慰めるのだった。




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