木下闇 | ナノ


▽ 後、11




一人でまどろんでいると、人の気配を感じた。


「気分はどうだ…?」
「…悪くは、ありません」


寧ろいい方だ――そう開けられた入口に視線を向けながら応えれば、天井も床も壁も、腰かけたベッドのシーツと同色の真っ白な病室を彩るような花束を抱えたイタチがそこにいた。

どこか儚げで影のある冷たい印象を与える顔を緩やかに崩し、濡れ羽色の髪が窓から入り込んだ風で揺れさせる。男でも見惚れるほど整った白皙の美貌が愛おしいと語り掛けるのは極限られた人間の前だけである。


洗練された、だけど足音一つ立てずに歩み寄ったイタチは手慣れた動作でウキナの髪を梳くように撫でる。一族では珍しく癖一つない直毛の持ち主の母に似た二人の黒髪は、サラリとした柳毛で触り心地も絹のように滑らかだと次男によく羨ましがられた。

イタチと同じ程度の長さの髪を赤い髪紐で纏め終わると、イタチは桐箪笥から取り出した青い着物と山吹色の帯を着せ、最後に白い打掛を羽織らせる。蕩けんばかりに緩められたイタチの漆黒には、イタチによく似た顔の、少女と幼女の境目だろう年頃の子どもが映される。

イタチがその出来栄え、というより目に入れても痛くないと激愛している妹の微笑みにほぅ、と息を洩らした。

「綺麗だ。誰にも見せたくないな」
「フフフ、それじゃあ今日の試合見れないじゃありませんか。私、楽しみにしていたんですよ?」
「……」

クスクス笑うウキナと観念したような顔をするイタチ。
その試合に二人が愛するサスケが出場するからこそ許すしかないのだ。これ以上説得は無駄か、本気で他人に妹を見せたくなかったイタチは残念そうにもう一度溜息をもらした。


そんな兄の姿をウフフ、と嬉しそうに見つめていたウキナはふと考えた。

イタチが持ってきた色鮮やかな花の香りが風に乗って届くと、ウキナは先程の光景を思い出す。男であそこまで花が似合うのも珍しいが、その相手が妹とは如何なるものか。イタチの年頃なら彼女の一人や二人に送ればいいものを……まあ本当に送っていたら嫉妬の炎に身を焼かれ、思わず物理的にその対象を焼いたかもしれないが。
…などと、本人も自覚済みのうちはらしい重い愛情と執着心からの物騒な思考に至るが、それを聞いたイタチがどう思うのかと抱いた疑問をそのまま訊ねることにした。

「…フ」
「?」

何が可笑しかったのか、コテンと首を傾げればイタチは云う。

「いや、すまない。ただ、その場合俺も同じだということだ」
「と、いうと?」

再度訊ねたウキナに、イタチはその頬に手を当てながら答えた。

「お前の炎に身を焼かれた相手に嫉妬するということだ。勿論俺を想い、無意識ながら行動するお前を心の底から愛おしいと思う」


真顔で言い切ったイタチの目は本気であり、若干狂気じみた色が混じっていた。その瞳に昔のことを思い出したウキナは潤んだ目を隠す様にイタチの胸元に顔を埋める。それに気づいているのかいないのか、イタチはウキナの頭に口づけながら言った。


「愛してるよ、ウキナ」
(『愛してる、俺のウキナ』)


それに重なるように聞こえた囁きに、ウキナも相手は違えど昔と同じ言葉を返した。

「なら一緒にいてくださいね」

――ずっと、ずっとです。

その返事にイタチは勿論と返して抱きしめた。





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