木下闇 | ナノ


▽ 六道時代の言い伝え

プロローグ


いつの御代にかありけん、風光明媚な森林の中、三人の仲睦まじい兄妹が暮らしていた。

その母は唯人なり、だが大層美しかったという。
その父は偉大なる仙人、忍宗を創り上げた六道仙人である。

その六道仙人の愛子たち……長男次男長女も親からの才能と美貌を受け継いでおり、三人揃えば絵画のように美しかったという。


さて、三人の偉大なる父は人々から讃えられている。忙しく帰れぬ日々を送る中、母が末子が生んで間もなく病死している。故に主な子育てはしっかり者の長男の仕事になった。腹を痛めて産んだ母親ですら時に育児ノイローゼに陥るほどの重労働にも関わら、長男は手を伸ばしてくる愛らしい弟妹に、家族愛を膨らませていくのであった。

 父が帰らない家で幼き頃の兄妹は親のいない寂しさを紛らわすべく、引っ付き虫のように離れない日々を送った。朝も昼も夜も三人一緒。年頃の次男が恥ずかしがって離れたこともあるが、長男と長女が引っ付いていれば我慢できず、また三人一緒。

もしも隣人がそれを見れば「なんて粘着質な依存関係だ!」と青ざめるほどのべったり加減だったが、流石仙人の子どもというべきか、彼らの家は常人では暮せない山奥に建てられていた。隣人は人語を話さない小鳥くらいである。したがって目撃者は年に数回帰る父親しかいなかった。
同時に父親が彼らの関係が如何に危うく、異常なのか気づけたのはもっと先である。



そして月日は雲のようにいつの間にか流れていき、三兄弟にも変化が訪れた。
生まれた時より出来の良かった長男は失敗してばかりの次男を助けるが、次男はそんな長男に嫉妬しだした。だが尊敬もあった。複雑な感情が内心で渦巻く次男。
一方で、弟を愛するが故に長男は時に突き放したような態度をとりつつ、そっと影よりその成長を見守ることが多くなった。
不器用な兄の思いやりに気づけなかった次男とは年々溝ができたが、それでも家に帰れば病弱な妹がおり、彼女の前では二人も仲の良い兄弟に戻れた。ここまではまだ平和だった。

そんな三兄弟の関係が悪い方に変わってしまったのは、父の忍宗を信仰する人間が増えてからである。
いつしか世間は高齢な父の後継ぎを求め…――長男か次男か、世間は当然長男が継ぐだろうと噂しつつ、その冷たい美貌と不器用な性格に誤解することが多々あり日頃から彼を畏怖した。

だがしかし、出来の悪いと見下していた次男の成長と柔和で陽気な性格、そしてどこか手助けしたくなる不思議な魅力に惹かれていき、いつしか次男の周りには人が溢れていた。

嫡男たる長男の周りには誰もいなかった。他人は誰もいなかったし、身内とは対立している。その容貌といい、性格といい、長男は父と叔父に封印された「卯の女神」こと、大筒木カグヤという祖母によく似ていた。それもまた彼を孤立化させる要因でもあったし、カグヤ復活を目論む敵にすれば嬉しい展開である。
 

が、この世界の歯車はそう簡単に回らない。

忘れてはいけない、長女の存在である。

これまで次男と長女に分け隔てなく奉げられてきた周囲がドン引くレベルの長男の愛情は、次男との対立を機に全て長女に注がれた。辛うじて長男の周りにいた人間に一欠けらも与えられず、全て長女にである。その溺愛加減に偉大なる六道仙人は別の意味で頭を抱えた。


或る日、六道仙人は唸るように問いかけた。

「インドラ、お前は子を残す気はあるのか」

「…ないとはいわない」

なら頼むから妹にだけは手を出すな!


父の切実な叫びが響き渡った。


「無理だ」

「即答するな!」

「俺の妹が可愛過ぎるのが悪い」

「(絶句)」

真顔のインドラに六道仙人はもうコイツ手遅れだ、そう察したらしい。
だが流石に偉大だろうと平凡だろうと忍僧として兄妹間の恋愛は認められない、六道仙人は全力で息子と娘を引き離しにかかった。

壮絶な親子喧嘩が勃発した。

燦然と輝く月夜の下、世界を震撼させたそれは、月よりそれを観戦していた叔父曰く「母(カグヤ)を相手にした時よりも兄者は本気だった」らしい。


 第一回父VS息子大戦
 多大の被害を齎した親子喧嘩だが、当然のように六道仙人が勝利を納めた。といっても彼らの大喧嘩は三日三晩続いたもので、不眠不休で戦った満身創痍の二人が荒れ地に伏したのが僅差で父が後だっただけである。

 だが、勝ちは勝ち。勝者側が長女を引き連れ、ぼろ雑巾のような六道仙人をアシュラと弟子たちが大層手厚く看病した。その温かさと優しさに六道仙人は「やっぱり愛っていいよね!」と再認識したらしい。

 一方で敗者側は冷え切った空気に殺伐とした雰囲気もが満ちていた。負のオーラの発信源、インドラの看病に当たった者は次の日にはアシュラ側に寝返ったのも一因している。だが言い訳するなら、看病するとインドラの寝言は呪詛にしか聞こえず、寝ぼけて睨まれる眼光の鋭さにショック死に陥りかけるのだから堪らない。


人間は環境によって変化する生き物である。
孤独の辛さ、愛の喪失、それはインドラに力を与えた。そしてインドラは「忍術」を編み出し力をつけるのだった。



また月日は流れ、インドラは再び父親に挑んだ。
以前の敗北、そして引き離されていた間に妹の成長が見れなかったことを彼は非常に恨んでいた。

・・・が、肝心の父親はすでに亡くなり墓の下に埋められていた。一瞬呆然とするインドラだが、この怒りと憎しみ、一体どうしろというのか。八つ当たりだが父親の残した忍宗にそれらは向けられ、今度はアシュラが立ち上がった。
インドラが妹に付きっきりだった期間に一般的なシスコンレベルにまで落ち着かせていたアシュラは、この兄の異常な愛情と執着心、何よりも妹の未来を案じたのである。


流石のインドラも苦戦した。父はあれでも高齢だったから、体力勝負に持ち込んだ故の結果だった。しかし今回の相手は自分よりも体力馬鹿の弟。技のキレと多彩さで対抗したが、前回父親に使った持久戦を今度は弟率いる忍宗軍に持ち込まれ、結果敗北。

インドラの苦渋に満ちた雄叫びは人々の記憶に色濃く残っただろう。
妹が生きている間は幾度となく繰り返された戦いは、インドラとアシュラが死んだ後も二人の子孫の間で引き継いだように繰り返される。


 世界を震撼させる激戦を後の人々は六道仙人の跡目争いだと見解したが、どんなに優秀な研究者でもその原因が「妹愛」だったとは予想もつかないだろう。当時の人間は真実を知っているが、とてもじゃないがそれを記すことができる人間がいようか、いやいない。実直な人間すらペンを置いてしまうほど馬鹿馬鹿しい理由である。


何百年経っても終わることを知らない元兄弟対決に、亡き父は成仏できないでいるという。ところで当事者だった妹はそんな呪われた戦いなんて全く気にしなかった。生前見つけた兄か父の研究書を勝手に使い、生まれついた世界からランデブーしたかと思えば、全く別の世界に生まれ変わっていた。何千年も彼女らしく旅行を楽しむように異世界で幾度も転生を繰り返した。
自由気まま、雲のように、蝶のように、飄々と世界を渡り生きたのである。

そして漸く飽きたのか、本人無自覚にも長男次男の転生体が揃った時代に再び生まれ落ち、この世に混乱を齎すことになる。


――…いい方向にも、悪い方向にも。

彼女によって世界の歯車は動くのである。






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