木下闇 | ナノ


▽ 遠い女(ひと)


「――…ッ、ぁ」


掠れた聲が、口から洩れる。
ぼんやりと霞む視界が徐々に鮮明になって――見慣れない、だが最近毎日見る光景にふと今何時だと考えた。天井から外へ、視線を移動させれば障子越しの外の明るさから判断すると早朝とは言い難い。何よりも隣にいた温もりが元から存在しなかったかのように冷め切った布団に、時刻は昼近いのだろうと予想つける。

上体を起こせばぱさりと布が体からずり落ちた。
ああ、これは…――。
白地に青い花。

白い肌に無数の赤い痕を残したウキナはその反物でそれを隠し、室内に備え付けられた鏡台で身なりを整えた。
そこに映りだされた、“千手”のうちは。


「……行きますか」


真昼の陽射しが、いやに身体に突き刺さった。



10話


――…トトトン!軽音と共に的に手裏剣が突き刺さる。全て中心。見事な腕前である。フッ、と安堵の息を吐いたカガミは背後からパチパチと拍手が聞こえ驚いた様に振り返った。あ、と声が漏れ次いで、

「先生!」

喜が籠められた叫び。黒と白が上手く調和したような麗人に向かって満面の笑みを向ける。カガミが唯一師として尊敬する少女。少女と称したことから解るようにまだ十代前半。カガミと片手で数えられる程度しか離れていないとはいえ、子どもの様に小さな身体で一族の為に全てを奉げている彼女に、年齢なんて些細な問題だった。

「見事です」

たった1人からの評価だが、カガミはその顔に喜色を浮かべた。


「あ、ありがとうございます!でもまだまだです…とても先生には及ばないし」

「貴方はどんなことでも倦まずたゆまず続ける子です。すぐに私なんて追い越しますよ
……貴方の師として誇りに思います」


「はい!」

えへへ。眦を赤らめて後頭部に手をあてる。照れくさいが、他でもなく彼女に褒められたことが嬉しい嬉しいとその態度が物語っていた。


弟子の可愛らしい反応にウキナも目を細める。眩しそうに、愛おしそうに。
ゆったりとした歩みでカガミに手が届く所まで近寄って、白い手を黒髪の中に沈めた。
ぴょこぴょこと跳ねた癖ッ毛を抑えるように撫でる。

「せ、先生ッ?!」

「フフフ」


身長差がそれほどない二人のどこか微笑ましい光景に彼らのを知らぬ人間が見れば、仲のいい初々しい恋人同士かと間違えるだろう。実際には少女の方はつい最近8つも年上の男と祝言を挙げ人妻となっていたとしても――。


少し間を空けてからウキナはポツリと言葉を洩らした。


「最近は碌に修行も見れず、すみませんね」

師匠失格です。申し訳なさそうな顔を向けられ慌てたのはカガミの方。

「そんなことありません!先生だって棟梁…じゃなかった火影様の側近としての仕事でお忙しいですし!こうして偶にでもいいから見に来てくれるだけで充分です!」

フン!と握りこぶし一つ拵えて勢いよく語る弟子に悪戯心が湧いた。

「おや、それじゃぁあまり頻繁に見に来ない方がいいのでしょうか?」

「え、いや、そんなわけない!あ、です…その、あ、……」

「なんです?」


今の自分はさぞ意地悪そうな顔をしているだろう。自覚しつつ同族にしては喜怒哀楽がはっきりしており、素直な性格をしているカガミを前にからかわずにはいられない。


「うぅ…。き、来てほしい、です

耳まで真っ赤になってか細く願望を唱えた愛弟子に一層笑みが深まった。

「そうですか」
「せ、先生のいじわる!」

にゃぁにゃぁ啼く子猫の怒りを甘んじて受けつつ、ふわりと微笑んだ。その顔に弱いカガミが黙るしか選択肢がないことも計算に入れ、大人しくなった少年の頭を撫で回す。段々小さくなって最後には項垂れた弟子に漸く手を離した。


その時、遠くの方から自身を呼ぶ聲が聞こえる。

ばたばたと足音荒く侍女が走ってきた。ウキナが僅かに眉を寄せる。カガミなんかは明らかに不機嫌そうに眉を寄せた。ウキナを見た侍女は嬉しそうに顔を綻ばせ、隣に立つカガミを見止めて嫌悪を露わにした。


両者の間で不穏な空気が流れる。


その侍女は千手の人間だった。扉間に嫁いだことでウキナの侍女にもなったが、悪気はないのだろうが稀に零すうちはに対する暴言、明らかに千手贔屓な態度。マダラの妹だと恐れられていた当初に比べ、現在では里中の人間と打ち解けているウキナと仲が悪いとはいわないが、うちはを馬鹿にすることは彼女にとって何事にも代えがたい苦痛である。

先に気まずい沈黙を破ったのはウキナだった。


「どうしたんですか」

「あ、すみません。ですがウキナ様、扉間様が探しておられますよ!屋敷から出てはいけないと謂われていたでしょう?」


「……あぁ、」

「『ああ』ではありません!急いでお戻りを!」

慌ただしい侍女に対して優雅な動きで振り返ったウキナは申し訳なさそうに眉を寄せる。


「ええ――カガミ」

二人の会話で苦々しい表情だった弟子の名を呼ぶ。

カガミに大丈夫かと視線で問われる。
どうやら愛弟子は随分と師匠想いらしい。

ウキナは目を細めただ頷くことで肯定した。


「また来ますね」

「はい!」

「ウキナ様お早く!」


「……」


彼女がうちはじゃなくないことが寂しかった。




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