木下闇 | ナノ


▽ 結婚式


華燭の典を挙げる人々はその日の花嫁に見蕩れた。

なんて、綺麗……、そう自然と感嘆の息を洩らすほど花嫁は美しい。

結い上げられた長い濡れ羽色の髪が衣装の白を際立たせ、口許に引かれた紅が花嫁の幼い外見を煽情的なものに見せた。



外はしとしとと雨が降り注ぎ、静まり返った式場に集まった里人の耳には誓いの言葉を交わす新郎新婦の声だけが聞こえる。だが誰も目を耳をそらす者はいない。ただただその一生に一度の神秘的な光景に見惚れていた。極々一部の、それも親しい者だけが気づいた純白に身を包んだ新婦の顔は果たして今日この時、世界で最も幸福な女性の顔とは言い難かった…。


うちはウキナは、この日、千手ウキナになった。


09話


新居の寝室にて、隙間を空けず敷かれた二組の布団の片方に正座する彼女を扉間を視界に入れた。その顔には初夜を迎える花婿の喜色は見られない。

淡々とした口調で先ほど聞いた話を伝えた。


「『うちは(身内)を守るために千手(敵)に人質も兼ねて嫁いだ健気な少女』だそうだ」


ここに来るまで、散々影で囁かれた噂。万人が知る噂で真実。だから扉間は一々否定しない。しかし『健気で儚い美少女』という言葉には眉を顰めざるを得なかった。

(これのどこが『健気』で『儚い』んだ)


「おやそれはまた、」

一体何処の誰のお話でしょうね、と上機嫌でくふくふ笑う少女に扉間はフンと鼻を鳴らした。扉間は知っている、この少女が可憐な外見に反して案外図太いことを。


「ああ、俺も『それはどこのか弱い女の話だ?』と返した」

「豪火球でもぶつけられませんでしたか?…――ただでさえ身内大好き一族なのに全員、私のことをそれはもう大切にしていますから。まるで神様でも拝むような勢いです……まぁ率先してやっているのは兄さんたちですけど」


「殺意に満ちた視線だけだ。まぁ明日からうちはの視線が愉快なものになるだろうな」
「よかったですね」

両者の間で再び沈黙が訪れる。先にそれを破ったのは扉間だった。薄い桃色に繊細な桜が刺しゅうされた襦袢を身に纏ったウキナを扉間は無言で押し倒した。白細い両手首を拘束するように上から押さえつけ、お互いの唇があと少しで触れるほど近くまで顔を寄せる。
感情を読ませない低音でポツリと問いかけた。


「後悔しているか」

「後悔、ですか」


「ああ。今更泣き叫ぼうがマダラに助けを求めようが遅いぞ」


ふ、と口端を上げて皮肉気に笑う。上から見下ろす赤い瞳から何を考えているのかウキナには分からなかった。でも挑発するように目を細めて云う。


「なら貴方は私を抱けますか?“うちは”だった私を」

…――貴方の嫌いな「うちは」の人間を。


「……言いたいことはそれだけか」
「…っ!」


「お前は今“千手の”人間だ。だがお前が言う様に“元うちは”。どれだけお前が里にとって有益だろうと千手に貢献しようとこれからは信用も信頼も得られない。俺もしない。そしてうちはを捨てたお前はもうあちらに戻ることも許さない」


冷徹にそう述べた。何も感じさせない昏い赤い瞳。だけどその奥底に確かな想いが籠められていた。


今更男に抱かれることを恐れるほど可愛らしい精神は持ち合わせていない。そもそもこの男に抱かれるのは二度目である。そしておそらくこれからも求められるだろう。


相手がどれだけ自分を好いていようと、こちらが答えることがないとしても。


(決してこの人を愛しいと感じることはない)

…――この先何があっても私の居場所は“うちは”だと決まっている。


彼女がそうだと解っていても欲しくてたまらない、諦めきれない扉間はギュッと目を瞑り漸くかりそめでも手に入れた愛しい仔を強く強く抱きしめた。





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