▽ 弟子の嫌な予感
06話
カガミが敬愛する師の結婚を聞いて衝撃を受けたのは、里全体に知らせる前日であった。
彼がウキナを想う気持ちは、決して恋愛感情ではない。憧憬や師弟愛、そして同族としての愛情といったところか。彼自身、万が一ウキナが結婚するとして、棟梁のマダラが許したとしてもそれはうちは一族内から選ばれると思っていた。しかし、相手はあの千手扉間だという。
勿論、常にウキナに付き従っているカガミは何かと理由をつけてはウキナに接触したがる男が抱く感情も知っている。というか、顔合わせをした際、ウキナの弟子だと謂った時点でその扉間から盛大に睨まれた。“そこは俺の場所だ”と云わんばかりの、嫉妬に狂った男の双眸に、ああ、この人は先生が好きなんだと、察してしまった。
だけど好きだから結婚できるほど、この世界は甘くない。特に有名な一族ほど、長に連なる血族の人間の婚姻は大きな意味合いを持つため、慎重に選ばれるのだ。二人は長年敵対してきたうちはと千手。本来なら有り得ないと謂いたいところだが、時代はそこまで変化していた。
結婚が愛情で結ばれない時代だからこそ、敵対していた一族間で執り行われる婚姻。だがそこには、当事者たちの幸せなんてない。扉間は兎も角、ウキナの方は彼を何とも思っていなかったことは、カガミだって知っている。だからこそ納得がいかなかった。
「先生!!」
何時もなら返事を待ってから開ける扉も、今回ばかりは突き飛ばす勢いで押し入る。屋敷に入った時点で感知していたウキナは、普段と全く変わらない様子でカガミを迎えた。
「――カガミ」
そこにいたのは、美しい人。サラリと揺れる漆黒の髪に見蕩れる。雪月花のような美貌にどこか昏い蠱惑をもつ儚い人。
誰よりもうちは一族に愛されているにも関わらず、いつもどこか寂しげな目をする……だがマダラやイズナ、そしてカガミのように懐に入れた人間に向けられる瞳には、いつだって深い愛情が籠められていた。それが嬉しくて仕方なかった。
誰よりも敬愛する師。
…――だからこそ、幸せになってもらいたかった。
「貴女は、ほんとにこれでいいんですか!?もし先生が厭だと仰れば、マダラ様たちだって全力で反対されるに決まってます!」
「……いいんですよ。これでこの里において、うちは一族は安泰です。」
ああ、あくまでうちはのために、自身を捨てるというのか、この人は。
貴女の同胞は皆それを望んではいないというのに・・・。
「でも、先生…」
「大丈夫ですよ。私が嘘を云った事、ありますか?」
「……いえ。」
「でしょう?……だから、式の時、ちゃんと笑ってくださいね」
「………」
(でも先生、厭な予感がするんです。)
何かとてつもなく恐ろしいことが起きる気がすると、カガミは思った。
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