▽ 結婚のおしらせ
唐突に集められた上役たちは唖然とした。
「……どういうことぞ?」
「言った通りだ」
「冗談なら死ね、いや、寧ろ殺すぞ扉間」
「お前が死ね」
…――俺は本気だ。そして本人も了承した。
数分前に遡る…。話があると扉間に謂われ、嫌々集まったマダラの隣で柱間は話を促した。他の呼び集められた上役達は肩身が狭そうに自分の存在感を消そうと必死で形を潜めたが、いつもならマダラを視界に入れただけで嫌悪感を露にする扉間に皆不思議そうに首を傾げた。
だが流石に自分から呼び出した以上そんな反応するはずもないだろうと納得し、かの人の口から零れる習慣のような一言二言の罵言に小さな安堵を抱いた。
…つかの間の平和。彼の口から出た言葉にその場に集められた者が吃驚したのは言うまでもない。
それを告げられた瞬間、パリンとマダラの手の中に納まっていた湯呑が割れた。
柱間の持っていたみたらし団子がボトリと書類の上に落ちた。
マダラの殺気で泡を噴いて倒れる者多数。
だがそんな混沌の元凶たる扉間は前二人が汚した机と書類を気にするだけだった。
「おい貴様ら、それどうする気だ」
不快そうに眉を顰めた弟に柱間は堪らず口を開いた。
「いやいやいやいや…いや!ちょっと待つぞよ!」
「なんだ」
「いや、その、本当か?」
「さっきからそういっている」
その表情から嘘偽りは感じられない。一片の迷いもなく、千手扉間という男は本気でうちはウキナと結婚すると言い切った。
柱間は恐る恐る親友であり同じ火影となった男の様子をそっと窺った。
「おい!しっかりしろマダラ!!」
「はははははははははははははははははははははははは!!俺のウキナ!可愛い可愛い天使!唯一無二の光の妖精!俺を置いて家を出るはずがない!まして、まして……こんな砂利のように弱い千手の男に嫁ぐ筈がないッ!!」
扉間が上役を集めて報告したかった所謂結婚報告。……それもよりにもよってマダラの実妹。千手とうちはの絆を強めるにはこれ以上ない血筋同士の婚姻だがしかし、それは目の前のシスコン及びうちは病患者のレベルを考慮していない。
マダラが掴んだ机の端が音を立てて割れた。慌てて荒れ狂う鬼と化すマダラを止める柱間だが、それを煽るように扉間は今後義兄となる男にあくまで落ち着いた声色で言った。そこには雀の涙程度の憐れみも同情も遠慮もない。
「妄想も大概にしろ。現実と向き合え。お前の妹は俺の妻になると承諾した」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すううううううううううう!!!ぶっ殺してやるううう!!」
頭を掻きむしり、修羅に変わり果ててでも目の前の男を殺すとマダラは壁に立てかけてあった団扇を掴んだ。誰もがこの場が戦場と化すと予想した。
――そのとき、
「兄さん」と、鈴を鳴らしたような声が聞こえた。
入り口で佇む1人の少女の聲が全ての動きを止める。その少女のマダラが天使や妖精と称したに相応しい、おとぎ話に出てきそうな儚い美貌をふわりと緩め周囲の視線を独り占めした。
白皙の貌に微笑まれ、周囲は違う意味で狼狽した。
まさか、このタイミングで来るということは扉間様が云ったのは事実なのか?
誰を信じていいのか分からない状況の中、ウキナは真っ直ぐマダラの前まで歩いて行ってからその両頬を手で包み込んだ。それまでの狂乱は何処へ行ったやら、ピタリと動きを止めたマダラは震える声で「本当なのか?」と必死に否定を求めていた。
それに目を細めた後、ウキナは兄にとって残酷な一言を告げた。
「ええ、この人と結婚します」
マダラの顔が絶望で歪んだとしても今更取りやめにする気はない、と謂わんばかりに。
その場で笑顔を浮かべていられたのは扉間とウキナのみであり、当然ながら楽観的と称される柱間さえ、他の人間同様に青褪めるか黙り込むしかなかった。
片想いが叶った扉間の嬉しそうな表情を窺う余裕は、その場にいた誰もが持ち合わせていなかった。
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