木下闇 | ナノ


▽ 嗤ううちは


15話


兎に角一度その感情は抑えろ、後で幾らでも相談に乗ってやるから!と涙ながらに訴えた柱間に素直に頷いた扉間も次第に普段の冷静さを取り戻し、そんなことなかった、勘違いだったと周囲に思わせるほどの落ち着きっぷりだった。


予想よりも穏やかに進められた会合。同盟を結ぶにあたっての調印と条件の確認に訪れたのに初っ端から殺されかけた扉間は相変わらずピリピリしていた。その隣にいたはずの柱間は、扉間曰く敵地にも関わらずだらけきっていた彼に弟の雷が落ちる前に退散している。今頃マダラの部屋にでも遊びに行っていることだろう。


扉間は侍女から差し出されたお茶をジッと腕を組んだ状態で睨みつけた。

ここはうちはの敷地でお茶を入れたのも持ってきたのもうちはである。当然警戒して然るべきなのだが、過ぎるのもどうか。その様子を一瞥した侍女(お菓子を忘れたとこかで戻ってきた)が部屋を去る際舌打ちして来た。

やはりうちはの女は碌でもない。

フンと鼻を鳴らす扉間。とはいえ、つい先ほど柱間を怒鳴りつけた自身の咽は乾いている。いくら千手嫌いでもこんな状況で毒を盛るような一族ではないだろう、そう納得させて扉間は湯呑を手に取った。
ずっしりとした重みに、漂う緑茶のいい香り。ズッと一口。ああ、地獄(うちは)にも仏(美味い茶)だ。

もう一口飲もうとした際、来室の音が聞こえた。


「誰だ?」

「失礼します。先ほどの書類が写し終わったのでお返しに参りました」

ピクリと震える指先に気づかず扉間は入り口を凝視する。

「……」

身体が強張った扉間の返事も気にせずにウキナは室内に入った。

「先程ぶりです」

マダラよりもイズナ寄りの整った顔で彼らよりも柔和な笑みに、扉間は思わず見惚れる。戸惑う自分に、高鳴る胸と腹の底から滾るその熱情が所謂『恋』なのかは分からない。

ただいえるのは不安定な彼にとってこの二人っきりという空間は毒でしかないということだ。


(如何、落ち着け、コイツはそう、こけしだ!)

脳裏にこけしを思い浮かべそれを目の前のウキナに重ねることで落ち着きを装った。
ウキナ自身は兎も角、マダラやイズナにバレればこの同盟はすぐに決裂するだろう想像だ。


「あ、ああ。すまない」

「どうぞ」

差し出された書類を受け取るため、一旦湯呑を卓に置いて手を伸ばす。そして漸く扉間はその時自身の手元の変化に気づき、驚愕した。


(ふ、震えている?!!)

この俺が!?

小刻みに震える指先は緊張した時などに見慣れる動きだった。

直ぐに受け取ればいいのにゆっくり手を伸ばす扉間をキョトンと目を丸盆にして見つめるウキナを至近距離で見てしまい、動揺した彼の手の標準(?)がズレた。


「あ、」

「…ッッ!!??」


二人の指先が
触れた、瞬間……極限まで高まっていた心が爆発した。


ブシャアアアアアッ!!!!


現実の扉間は緊張のあまり水を吹き出した。

咄嗟に身を横にずらしたウキナに被害はなかったが、手渡すはずだった重要書類はびしょ濡れ。その有様に扉間は顔を青くさせる。


(はっ!まずい。同盟して早々の失態にマダラにもう一度判を押せと言えるか、いや云えん。絶対あの気色の悪い顔を緩ませながら猫撫で声で『ホウ!』とか嬉々として嫌味を言いかねん。だが、これでは)


現状は最悪だといえる。
書類はちょっと濡れた紙ではない。濡れたティッシュレベルの脆さだ。作り直すしかないだろう。

これからの展開を想像して、マダラの顔を思い出してから段々と顔色を青から赤へと変えていく扉間に静かな聲が掛けられ、我に返る。


「私の方で兄に頼みます。どうぞご心配なく。」

苦笑まじりの表情でウキナのミスにすると言外に述べると、扉間も「待て」を入れた。


「いや悪いのは俺だ。相手が誰であろうと俺が行くのが筋ってものだ」

「ですがどちらがより穏便に事が進むか、兄の性格をご存じでしょう?」

「……」


確かに扉間が云ってもすぐ押すとは思えないし、彼女なら確実だろう。自身よりも一回り近く年下の彼女に頼むのはうちはだ千手以前にどうかとおもうが、相手が相手だ。致し方ない。
申し訳なさそうに頭を軽く下げた扉間の目にはウキナに対する確かな好意が宿る。

(やはり、恋なのか?)

ドクン、ドクンと鼓動する心臓の音がやけに大きかった。

相手はあのうちはだといのに!!


千手だうちはだ、積年の両一族間の憎しみを理由に諦められるものではないと、彼自身解っていた。それでも彼の立場は千手のナンバーツー、そしてこれから築いていく里の立役者としての自分の価値は解りきっている。
(捨てるべきなのだ、この感情は。
兄者だって歓迎していないのはあの時の反応で明らかじゃないか――…)


その葛藤を誰かに吐き出す日はまだ先である。








マダラのいる部屋まで足を運ぶウキナはある程度離れてからポツリとつぶやく。

「あの人、趣味悪いですね」

微かに手が触れた瞬間。吃驚して目を瞑った扉間に対し、しっかりがっちり瞳孔が開いてるんじゃないかってくらい見開いていたウキナの瞳は、対象者を観察する洞察眼<緋色の眼>が発動していたという。


(うちはに惚れた千手、か・・・。まぁ今の所放置しておいても害はないでしょう)






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