木下闇 | ナノ


▽ 番犬



12話




「ところでウキナ様。例のアレには彼らが来ることを言い聞かせてありますよね」

「ありませんよ」


ピシリと固まった男に、ウキナは「よくない天気ですねぇ」と空を見上げた。やや離れたところで雷が鳴った。まあここに落ちることはないだろう。暢気なウキナに対し、我に返った男は焦る。


「ど、どうするんですか!?我々ではアレを止められませんよ!」

「でしょうね」


愉しげに返す彼女に、彼らは理解できないし、手で口を押えるがクスクス笑い声を洩らす様も身震いするほど薄気味悪い。なまじ容貌が整いすぎなくらい整っているのが災いした。

 満足いくまで嗤ったのか「さて、」と置いてから「安心なさい」と続けた。

「イズナ兄さんに迎えに行くようお願いしました。あの子は私と兄さんたちには手も口も出しません。…でも、もし出したら鍋にしてやりましょう。その時は貴方たちも呼んで差しあげましょう」

どこまで本気か、いや、恐らく最初から最後まで本気であり冗談でもあるのだろう。兎に角ウキナに関しては触らぬ神に祟りなし、を貫かなければならないとは比較的まともなうちは総意の考えである。
 安堵の息を吐いた彼らだったが、そのすぐ後にポツリと落とされた科白に顔色を変えた。

「兄さんは大の千手嫌いですから…中でもあそこの次男は顔を合わせれば即殺し合いに直進するので止めるどころか嗾けるかもしれませんね」

「「「それを早く云ってください!!」」」

ドタドター!と足早に退場した部下を「騒がしいですね」と見送ったウキナの膝の上、もぞもぞと動く黒い針鼠こと、うちはマダラがゆらりと起き上がった。

「……ウキナ?」

「おはようございます兄さん」


花が咲き綻ぶ微笑みを下から見上げ、マダラはもう一度瞳を閉じた。程よく筋肉がついたがっしりとした両腕がウキナの細腰に巻きつかせ、顔を腹に埋める。
甘える子どものような仕草に、ウキナがクスリと口端を綻ぼした音を耳が拾ったのかマダラは「笑うな」と拗ねた。

「だって兄さんが可愛くて」


天下のうちはマダラ相手に“可愛い”と表現できるのは彼女以外いないだろう!
可愛いと云われて複雑そうに眉を寄せたマダラだが、咳払い一つで話を変えた。

「ゴホン。あ〜イズナが連中を迎えに行くのはいいがアレの暴走に柱間が巻き込まれやしないか?」

「……」

言い難そうなマダラの言を促して最後まで聞いたことをウキナは後悔した。物凄く後悔し、マダラに見えない場所に青筋を浮かべる。マダラを避けて放たれた冷気と殺気に未だ残っていた配下は被害を受けた。


「(あの柱間(男)絶対許しません!)では迎えに行きますか。私の言うことならあの子も聞きますし」

――どうかその間に千手柱間を喰ってしまえ!
と、心の中で叫ぶ妹にマダラは気づかず「そうだな!」と柱間を思い浮かべたのか花を飛ばす。だがそれがさらにウキナに怒りと憎しみを抱かせる。


起き上がりウキナを抱き上げたマダラは周囲の静止の聲すら聞かない。屋敷から森へと木々を渡り奔り、その道すがらマダラは思い出したかのように訊ねた。

「そういえば…何故アレにあの名前をつけたんだ?」

脳裏に浮かべられたのは妹が何処ぞより拾ってきた巨大な山犬。その名も、

「アレではありません。密(ヒソカ)です」

私が知る限り戦闘狂で私に最も忠実な生き物に相応しい名前です、と微笑んだ。解るものはこの世界にはいないだろう、とウキナは『彼は元気でしょうか』と懐かしむ。

ゾルディック式の躾の成果を体現したような番犬に相応しい強さを持つ山犬だ。ウキナが言い聞かせなければたとえうちはであってもパクリと飲み込む巨体の化け物を恐れない者はいない。

マダラは心の中でこっそり「今度尾獣でも捕まえてどっちが強いか試してみよう」と企んだ。






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