▽ 千手2
08話
赤く、黒でもあり白でもある、矛盾した存在。
誰だという問いを曖昧に返され、仕方なく嫌いな言葉を口にする。「うちは」とたった三文字紡ぐだけでも吐き気がした。それくらい嫌いだった。
「うちはの敵は皆死んで仕舞えばいい」と子どもの無邪気さを含んだ聲と共に殺気が飛ばされる。反射的にホルスターから苦無を取り出して構えれば、金属のぶつかり合う音がまず先に聞こえた。次いで指先から手のひら、腕へと痺れが振動して状況を把握する。
「へぇ…止めたんですか。中々やります、ね!」
キン!
「(どんな馬鹿力だ!)」
男女の性差と一回り近く離れた年齢、どちらもこちらが勝っているはずなのにいとも容易く弾き飛ばされた。冷汗が流れ落ちたことで自分が焦燥していることを自覚するが、落ち着くだけの時間は与えてくれそうにない。すぐさまその場から飛べば、黒い塊が過った。
「っち。しぶとい」
(この女、口も悪い)
よく見るとその顔は兄者と戦うマダラのそれに酷似している。…いや寧ろ俺と殺し合っている時のイズナか。
「当然だ。そんな簡単に殺られて堪るか」
「おや貴方の部下たちは殺気だけで気絶しましたが?」
「あいつらは帰ったら鍛え直す」
「フフ、無事に帰れるといいですね」
激しい応酬の合間に交わされる会話。両者はその顔に喜色が浮かんでいたことに果たして気づいているのだろうか。いや、気付いていない。
火遁・豪火球
水遁・水陣壁
そしてどちらも負けていない。蒸気が赤い空に狼煙のように立ち上って、同時に背後から終了の鐘が鳴り響く。片や勝利の音、片や撤退の音。だが千手側は元々情報収集でしかなかったので、勝ち負け関係ないが。
ニヤリと口許を綻ばせ興奮した貌を見せる扉間には鐘の音も届いていないのだろう。そんなこと知るかと謂わんばかりに目の前の獲物を仕留めようと、血走った眼で睨みつける。
一方、少女の方は刀を鞘に納めることで自身の内側に存在する凶暴な獣を抑え込んだ。その顔にはもう先ほどまでの兇悪さはない。どこか静謐な雰囲気を漂わせた少女は、今にも噛み付かんと機を窺っている扉間に背を向けた。
「おい逃げるのか」
興を削がれた扉間は怪訝そうに尋ねる。
「いいえ」
「なら何故」
「……そうですね。本来なら貴方は“今”殺すべきでしょうが他でもなく兄さんたちが早く戻って来いと五月蠅いですし、貴方を殺すのにはそれなりの時間がかかる。また今度にしますよ」
言外に自分ならお前に勝てると謂われている。フンと鼻を鳴らして少女に「傲岸だな」と言った。「傲岸ですか」と反芻される。もう一度、最初の問いを投げかけた、「お前は誰だ」と。
振り返った少女は薄らと微笑んで
「うちはウキナ 」
うちはマダラとイズナの妹です、と。
納得した。蠱惑的に美しいのも、悪魔的な残虐性も、常人離れした強さも、全部アイツらの妹だと知ればそうだろうと思った。ここで名を名乗らないで相手が認識しないままなのも癪だったので「俺は千手扉間だ」と謂えば「知ってる」と返される。どういうことだと視線で問えばまたあの嫌な笑みだけ返された。
「それでは、また」
黒髪を靡かせ、白い着物の袖を翻して、――赤は消えた。
その背中が見えなくなるまで目で追い続けた時、感じた胸の痛みの正体を、俺は知らない。
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