▽ マダラにとっての妹
06話
ウキナが生まれつき身体が弱いことは知っていた。知っていて、俺は彼方此方に連れまわした。その罰なのだろう、或る日ウキナが倒れてからは不幸が続いた。
柱間と別れを告げた後、後継ぎの開眼に喜びを露わにする一族の中にいたくなくて、当てもなく彷徨う足が進んだ先は、目に入れても痛くないと溺愛する妹の部屋の方向だった。
柱間と会話したことがあるウキナは、アイツとはもう会えないと告げればどう思うだろうか。
実兄の俺が嫉妬するほど仲睦まじく会話を弾ませていたというのに…。いつかは言わなくてはいけないと解っていながらも、その事実を告げてしまえば、あの繊細で優しいウキナの心は病んでしまわないか。憂い顔を浮かべてしまわないか、想像するだけで胸がツキリと軋んだ。
そうこう考える内に部屋の前まで到着していた。だがそこには一つの影があった。
「写輪眼の開眼、おめでとうございますマダラ様」
「…!セツナか、」
「はい」
従者のように部屋の前で控える少年。歳の方はイズナと近く、ウキナの幼馴染的立場だがその関係は本家と分家、正確には棟梁の一の姫の護衛でしかない。
うちは一族の中でも整った顔立ちは、大輪の花のような鮮やかさを持つマダラと別種の意味で並び称されるほどで、うちはの美貌の集大成と誇られるウキナと並んでも見劣りしない程度には、美しい子どもだった。
年の割に鋭利な眼差しはマダラにジッと向けられている。
「ウキナの調子はどうだ」
折角聞きたくもない話題から逃れようとここまで来たのに、とマダラは不快さを隠しもせず表に出しつつ一番気になることを訊ねた。マダラの態度の悪さに眉ひとつ動かさずセツナは冷静に今日一日の様子を報告する。
「…そうか。あとは俺が見るから、お前はもう下がれ」
「……」
ピクリ。
僅かに肩が揺れ動いた。
「どうした」
それを見止めたが、敢えて何も気づいていない風を装って問いかける。案の定、マダラに逆らうはずもなく、セツナは命令に従った。
「…いえ、何でもありません。失礼します」
深々と一礼した後、セツナは下がった。マダラは彼が誰に命令されたわけでもなく、極々自然に己の意志でウキナに従っていることを理解している。今だって女中の仕事を無理矢理奪って世話を焼いていたんだろう。
あの常に無表情か人を機械のようにモノとしか見ない男が表情を変えるのは、ウキナが関わるときだ。
マダラにも従う素振りは見せるが、腹の中で何を考えているかなんて解らない。
(腹の中を見せ合わない限り、人はお互いに理解し合うことができないから…)
数刻前に真に理解した事を思いだし、複雑そうに眉を顰めた。
*
室内に入るとウキナがまだ眠っていた。
不健康そうな青褪めた肌に触れれば、その肌色とは真逆に熱い。額を合わせると平熱が高い自身よりも高い温度に、慌てて近くにあた盥の真水に手拭いを突っ込み濡らす。絞ったそれをウキナの額にのせてからも、起こさないように出来ることを甲斐甲斐しく熟した。
(少し落ち着いたか?)
心なしか寝息が穏やかになった気もする。布団に散らばる濡れ羽色の髪に触れながら、その絹のような触り心地にうっとりしつつ、眠り姫となったウキナを見つめた。
美しい。身に纏うもの、室内の調度品、全てが白で整えられているせいだろうか。青を通り越して白に見える肌には、宵を告げる月明かりのない空色の髪が怖ろしく映えた。淡い色の紅を引いたような口唇もそうだ。規則正しく胸が上下していなければいっそ死んでいると誤解しかねないほど、儚く美しい繊細な生き物。
そして何よりも愛おしい妹。
「…――っぅ」
低く唸るような声にハッと顔を上げ、薄らと覗かせた漆黒の瞳に叫ぶよう名前を呼んだ。
「ウキナ!」
「……にい、さん………」
こちらを見てふにゃりと顔を崩すウキナにマダラも安堵する。だがよほど情けない顔をしていたんだろう。ウキナはそっとそのマダラよりも小さな手を伸ばしながら訊ねた。
「どうしたんですか…どこか怪我でもしましたか…?」
その感触が心地よく、不思議な安心感に包まれる。ああ、なんでこの妹はこんなにも温かいんだろうか。
「………柱間さんとお別れしたんですか」
…――そして、鋭い。
動揺を悟られ、くしゃりと顔を歪める。
「…ッ!そうだ。だからちゃんと宣戦布告してきたぜ…それと、俺の写輪眼が、開眼した…」
イズナも父さんも大喜びでさ、今日はお祝いだってよ!だからウキナも早く元気になって祝いの席に出ようぜ!とニッと口端を上げて笑うことでなんてこともないと主張するが、ウキナには見抜かれた。
促され、上げた視線が交わったのは、柱間のように強く、そして柱間よりも愛情に満ちた瞳。
そして見惚れるほど美しく微笑んだウキナにマダラは息を呑む。
「無理して笑わないでください…私は兄さんの妹ですが、生きてきた年数を考慮すれば貴方の“姉”ですよ?」
…――慰める役をくれませんか?と両腕を伸ばして頭を抱きかかえられる。その温度に、伝わる心音に、鼻孔を擽る柔らかな薫りに包まれれば、全身の血が沸騰するような感触を感じた。
ドッ、ドッ、と湧き上がる血液。その勢いを助長せんと謂わんばかりに背中に触れるあやす手のひらに、まるで涙腺が決壊したようにボロボロと小さな嗚咽を洩らしながら涙をこぼす。
「私は兄さんから離れませんよ」
とん、とん。優しく背が叩かれる。
「だって、私も貴方もうちはで、同じ父と母から生まれたもう一人の自分と言っても過言じゃない存在……私と、兄さんと、イズナ兄さんはずっといっしょです」
ああ、もう、本当に……
俺の方こそ、もうお前無しでは生きていけない
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