暁にお邪魔しました
かくかくしかじか、なんやかんや。どちらも長い説明を省くために用いられる、大変便利な言葉だろう。今の状況を説明するのに、この魔法の言葉を私は使わせてもらいたい。
オビトに連れられて、あの暁にお邪魔したスズです。
オビトは好きに寛いでくれっていうけど、無理でしょ?って云いたい。だってここはあの暁なんだよね?組織の方針は変わっても、メンバーが丸々変わったわけじゃない。緊張して、ついオビトと繋いだ手が汗ばむから離してほしいのに更に強く握られて離れない。
絡んだ指を反対の手で剥がそうにも、力で負けた。むむっ!
「スズ、開いたぞ」
組織の人間しかしらない結界を解除したオビトに促されて、私は全く未知の領域に足を踏み入れるのだった。
***
デイダラ視点
「おいアホダラ、いい加減それを片づけろ」
口うるさい母親のようなことをオイラに云ったのは、ペアを組んでいるサソリの旦那だった。見た目だけならオイラよりも幼いのに、その中身は三十のおっさんだというのは禁句だ。ガキ扱いしたらキレる癖に、年寄り扱いしたらもっと不機嫌になる旦那は怒るとオイラたちに毒を盛るから怖い。仕方なく散らかしたものを片づけると、同じように角都に云われて掃除していた飛段と目が合った。
「お〜デイダラちゃんも怒られたのか?」
「ちゃん付けすんな、うん。」
「細かいなぁ。まあいいや。ところで今日はなんかあるのか?角都が厭に掃除しろーしろーって五月蠅ぇんだけど?」
口で言って聞かなかったのだろう、飛段の頭に特大の瘤が出来ていることから殴られて漸く掃除を始めたようだ。
「お前聞いてなかったのかよ、あのトビが女連れてくるらしいぜ。角都の旦那たちが煩くいうのは、トビを怒らせると金が入ってこないからだろ、うん」
偽名といえど、オイラはまだアイツを『トビ』って呼んでる。一番先輩としてアイツの面倒を見ていたのがオイラだし。今更実は元上司でしたーって云われてもそれらしい態度で接することなんて出来ねぇし。
脱退してから、暁のお得意様になったトビは、角都曰く金払いがいいらしい。トビがやめた理由に、今日連れてくる女が関係しているって噂だ。へまやらかしたら今後に影響するから馬鹿なことはするなよ、と念押しされたのが今朝の会議。一番口酸っぱく言い聞かされていた飛段はもう忘れているようだ。
こいつ、ほんとに大丈夫か?オイラは奴に不安を覚えた。
「おい、片づけは終わったのか」
「げっ!イタチ!」
「お〜イタチ〜久しぶりだな〜」
暢気に笑う飛段は置いといて、なんでテメェがここにいる!と睨みつけるが、相変わらず澄ました顔をした奴はオイラを無視して奥にいるサソリの旦那に挨拶していた。おい!
「無視すんな!うん!」
「……なら手を動かせ。まだ片付いていないじゃないか」
まるで出来の悪い弟をみるような、いや、本当に弟ならイタチはもっと優しいだろう。だが彼に向けられたのは優しいとはいえない呆れた眼差しに、デイダラの額に青筋が浮かんだ。
だが丁度いい、気になっていたことをイタチに聞いてみることにした。
「なぁ、今日来る女の客って、どんな奴だ?」
「それを聞いてどうする?」
お前に意味があるのか?と云わんばかりの態度にイラつきながらも、言葉を重ねた。
「だってあのトビの女だぞ、うん。気になるに決まってるじゃねぇか」
ウザい後輩だったけど、それでもまぁ可愛がった方だ。実は悪い女に騙されたんじゃないかと心配していたデイダラだが、尋ねられたイタチは形の良い眉を盛大に顰めている。
「どうもこうも、奴には勿体無いほどいい子だ。本当は俺の弟の嫁に来てほしかったくらい、優しくて穏やかな子だぞ。お前たちもあの子に変なことをするな」
どうやらイタチの高評価を得ているらしい。
余計に気になった。
それ以上イタチは何も言わずに、ただ黙って懐から取り出した団子を咀嚼しはじめた。いや、どうしてそこに仕舞ってあった?ってかお前いつも団子食ってるよな、いい加減にしないと糖尿病になるぞ、うん。
そして待つこと数刻、
「お、お邪魔します……」
「そう固くなるな。スズ、足元気をつけろ」
どうやら件の女は『スズ』って名前らしい。聞いたこともない柔らかな男の声に、思わずほんとにトビかどうか疑ったが、チャクラは間違いなくトビである。
聲が聞こえた入口を見てみれば、未だ見慣れない仮面を外した後輩の隣に並ぶ、少しどころじゃない身長差がある、小柄な少女――――って、
「(こ、子ども?!!)」
衝撃である。てっきり、暁の紅一点、小南のような妙齢の女性かと思いきや、現れたのは自分よりも年下の、恐らく下忍になりたての少女である。
「あ、イタチさん!」
「いらっしゃいスズちゃん」
おい、お前は誰だ。あのイタチとは思えない爽やかな青年らしい笑みに、日頃とのギャップを感じる。
イタチの言葉に嬉しそうに答えるその子は、こんなじめじめとした場所にいることも可笑しいぐらいに可愛かった。正直ちょっとタイプだ。だが、何でこんな子がバカとはいえ、トビが暁をやめるまで入れ込むんだ?可愛いけど、普通の、そう、極々普通の人間だ。可愛いけど。
「スズそんな老け顔じゃなくて俺を見ろ」
真顔で自分の半分しか生きていないような少女に請うトビから、別の意味の犯罪者の匂いがした。おいおい。
変に餓鬼っぽいトビを慣れた様にあしらったスズが周囲に視線をやり、デイダラと目が合った。
「えっと、こんにちは。お邪魔してます。かがちスズといいます」
「お、オイラはデイダラだ、うん」
「デイダラ、さん……(うわぁ、本物だぁ)」
「ど、どうした?!」
「い、いえ!その、よ、宜しくお願いします」
ふわりと微笑んだスズに胸が高鳴った。先ほどまでトビをまあまあと、制していた少女はやはり『スズ』というトビを変えた女で間違いない。だが、彼女はどこから見ても可愛い子だった。 嘘だろう、きっと何かの冗談だ。あんな無駄にウザい上に人の話を聞くこともしない変人の恋人だなんて――――――。世界が信じられなくなってきた。なんでオイラには彼女がいないのに、あのトビにはこんなに可愛い子が!!
佇まいを直しながら耳に髪をかける仕草とか、オイラを見て笑ってくれた表情だとか。照れくさそうに下を向くとこがなんかいじらしい。
そんな彼女がトビの恋人。
とにかく嘘だ。お、オイラは信じないからなァ!!
「すみません。突然お邪魔して」
「い、いいいやいや!全然気にしないぞ、うん。好きに寛いでいけよな!」
「あ、ありがとうございます……」
えへへっと頬を赤らめる少女に心臓がバクバクする。
おいどこの大和撫子だ!!!
今じゃ希少価値抜群の、絶滅危惧種な大和撫子がここにいるぞォオォオオ!!
そう叫びたくなる程に、彼女はしっかりとした佇まいで、だけれど嫌味がないぐらいには謙虚な態度だった。
健全男子が一度は夢見る理想図。そのハートをがっちりと奪うような可愛らしさ。守ってあげたい女の子らしい雰囲気。
小南も十分美人だけどあれは守ってあげるものではなくって、逆らってはいけない存在。いわば弟を下僕にする姉と同じ立ち位置だ。心を時めかせた経験など皆無というほど、小南とのラブコメは期待できないし、想像しただけで身震いする。
さて、スズに視線を向けるが、まさかトビに弱みを握られているんじゃあるまいかと疑ってしまう。というか明らかにロリコンだろ!
さっきからオイラの嫌いな写輪眼でギラギラと睨みつけるトビが渡すもんかとスズを抱きしめている。だがそれを恥ずかしそうに顔を赤らめているスズだが、嫌がる素振りがないことから弱みを握っているわけではないらしい。
兎に角、スズを抱きしめてニヤニヤしているトビは大人として失格で、あんな風にはなりたくないな、うん。
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