おぼえていますか | ナノ
最終話

 

「で、詳しく話してもらおーか」

ネ?と可愛らしく小首を傾げられても可愛くない。オビトも同意見なのか、「キモイ」と告げる(私はそこまで思っていない。ただ歳考えろよ的なことは思った)。


現在、オビトの膝上に座る私の対面にいる、笑顔のカカシ。外は朝から雨が降り続き、薄黒い雲が広がっている。店内の個室に入ったのは間違いだった?


カカシ、その顔怖いよ。引き攣りそうな顔、乾いた笑い声しか出ない口。ああ、ミナト先生助けて!


偶然通り掛かったアスマを無理やり引き込み、一つのテーブルに私とオビト、対面にはカカシとアスマが座る。って、ちょっとアスマ煙草吸わない。

注意しようとしたらオビトが先に口を開いた。

「アスマ、スズの身体に障る。煙草を消すか自分を消すか、好きな方を選べ」
「……」

無言で火を消したアスマはヤレヤレと首を振った。
その隣で据わった目をしたカカシに一応説明する。

静寂。店内の騒がしさを忘れたかのように、この席だけ静まり返っている。


「結局あの後オビトは生きていたと。それで助けてくれたマダラの計画に乗っていたと」

コクン。オビトが頷く。そのことは聞いていなかったアスマが動揺するが、今は口を挟む気はないらしい。終わった後が厄介だ。よし、オビトの神威ですぐに逃げよう。

オビトを見上げて視線で訴える。が、デレッと顔を崩すだけ。あ、これ絶対解ってない。
私も溜息をついた。相変わらずカカシの視線が痛い。


「で、かがちスズはのはらスズだったと」

コクン。

「生まれ変わったスズを見つけて本能的に本物だと悟ったオビトはそれまで暗躍していた全てを捨ててスズへの愛に走ったと」

コクン、コクン!

「その過程で結果的にうちは一族の暴走を抑え、ついでに抜け忍集団だった暁を最強の傭兵部隊に仕立て上げたと」

コクン。

「今回の事件も全ては木の葉のためじゃなくて、スズのためだと」

コクン!


さっきから首を上下に振ることで肯定しているオビト。内容によって勢いが変わっているが、全て訊ね終えたカカシは一寸沈黙した。隣のアスマが何とも言えない表情であるのに対し、オビトは満足気。スズは悟っている。


カカシはオビトを真っ直ぐ見据えながら言った。

「お前やっぱ莫迦デショ」

オビト以外、激しく同意する。


「ああん?!」
「莫迦、バカバカバカバカオビト」

「カカシてめー喧嘩売ってんのか!?」
「莫迦だと思っていたけど、ここまで救いようのない馬鹿に成り果てるなんて……」


そういって顔を臥せ、肩を小刻みに揺らす。カカシ、泣いてるの?というか血でも吐きそうな感じに嫌な予感がした。


「大丈夫カカシ?」

恐る恐る手を伸ばし、幼子にするように頭を撫でる。思ったより柔らかい感触に、綿あめみたいと内心で漏らす。

ゆっくり顔を上げるカカシは、まるでどうしようもない馬鹿な兄を持った妹みたいにオビトを見下していた。もうカカシの中で美化されたオビト像は存在しないだろう。
だが私を視界に入れた瞬間、ブワリと泣いた。え?


「ご、ごめん、ね。ごめんねスズ」

唖然としたが、何度もゴメンネを繰り返して子供みたいに泣くカカシを放って置けない。

「スズ?!」とオビトの声を無視して席を立ち、カカシの前に立つ。椅子に座っているカカシよりも少し高い位置に私の顔が来た。


「ごめんね。俺が、俺が、スズを、」
「――カカシ」

「ほんとは、ずっと、ずっと前から気づいてた。スズがいるって。本物だって。だけど、あの時のことで恨まれて当然なのにスズの口から何もききたくなくて……っうう」


弱くてゴメンネ。
護れなくてゴメンネ。
痛い事してゴメンネ。


嫌われたくない、恨まれたくない。
許されなくて当然。好かれるわけない。

矛盾した感情を口にするカカシがとても小さく見えた。いつかのオビトの背中と重なって、既視感を覚えた。



「カカシ」

「ご、ごめんね」

パン!
ボロボロと泣く子どもの頬を思いっきし叩くように抑えた。じんわり広がる痛みと突然の衝撃にカカシが目を見開く。スズはにっこりほほ笑んだ。

「私こそ、ずっと怯えてた。カカシのこと避けてた。だから謝るなら私の方よ」
「嘘。スズは悪くない」
「そうだ。悪いのはカカシだ」
「オビトちょっと黙って」
「はい」


「悪いのは自分以外の『誰か』じゃない」
「うん」


「でも自分の所為にばかりしていちゃダメ」
「…うん」



「行きたいところがあるの、三人で行きましょう」

オビトとカカシの手を引いて、店を後にした。
雨はまだ降り続いていた。



「俺は?」

残されたアスマの声も届かない。







まだカカシは泣いていた。傘も差さずにいるせいで、涙か雨かはっきりしないが、それでも彼は泣いている。

辿り着いたのは、毎日カカシが来る場所。


その慰霊碑には私とオビトの名前が刻まれている。
一度刻まれた名前は記されない。生きていたオビトの名前も、生まれ変わった私の名前も。


「カカシは私が生きていて嬉しい?」
「うれ、しい。嬉しい、ヨ」

「オビトと再会できたことも?」
「うん」

「また一緒にいられるよ」
「あ、」

カカシ、オビト、スズ。ミナト班が揃っていた。

オビトはそっぽを向いているけど、私の隣にいる。カカシの前にいる。


「ほんとに、スズとオビトと一緒にいられるんだ」

カカシは幸せそうに顔を綻ばせた。
泣き止んだ後の子どもの泣き顔が残っていても、その顔はとても綺麗だった。



「これでミナト班、集合だね!」
「ミナト先生ならナルトの中だし、今度はナルトを連れてこよう」
「そうだ、ね」



曇天、灰色の空。
だけど雨はもうじき止むだろう。

雨が止んだら、空を覆う黒い雲も消え、そして

虹の向こう、それこそ私たちの、再スタートの景色だ。



(おぼえていますか 完)

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