主人公&ミナト視点



暫く互いに無言だった。その時間はそれほど長くはなかったが、俺にしたら一時間も二時間も永遠と長い時間に感じられた。

先に口を開いたのはミナトだった。


「行って下さい……早く」
「ミナト……」
「早くッ!!」


普段の繊細で柔和な顔が怒り狂う夜叉のように激しく歪められている。優しい声が激しい怒声へと変わり果てたように。


ミナトの気迫に圧され、俺は思わずその場を逃げ出した。



***


ミナト視点



ユウ兄さんの背中は、もう見えない。


「これが、答えですか……これが里の答え何ですか!三代目!!


我慢できなかった。叫ばずにはいられなかった。だって、これは、あんまりにも……


「スマン、ミナト……」
 


残酷だ



岩隠れの里との同盟の話が持ち上がった。つい最近のことだ。他国では戦争が激化する現在、近々木の葉も動かなければいけないと上では日夜会議を続けている。

岩との同盟に反対するダンゾウ様に従うかのように兄・ユウもまた実家に帰ってこなくなった。波風一族は率先して同盟に賛成だったからだ。

俺も兄さんが正しいと思った。どうも岩はきな臭い。だが皆、戦争という痛みと憎しみしか生まない負の連鎖に疲れていたのだ。特に大人たちは前回の戦いを知っている分、余計に。俺は兄さんの方ではなく一族の流れに乗ってしまった。煮え切らない思いを抱えながら。

全体的に平和主義で温厚な人間が多い波風一族と兄さんは度々意見が合わなかったが、それでも皆兄さんを認めていたし、俺も後継ぎは兄さんだと思っていた。


だが岩は裏切った。


波風一族が岩との同盟を押し進めていたが、使者として岩に行った波風の人間が嵌められたのだ。岩隠れの里から木の葉隠れの里へ届いた巻物には、波風ユウの首が要求された。(ユウが知っていたら「それ日向一族と同じ?!!」と叫んだだろう)

一族は次期当主たる兄さんの意見に反した行動の責任を取ると謂って自決した。俺は兄さんに申し訳なかった。ダメな弟だ。軽蔑されたってしょうがない。だが兄さんに失望したと冷たい眼差しを向けられると想像しただけで俺は死にたくなる。


父さんは俺に生きろと云った。三代目も、上層部も、そう云った。俺は兄さんに捨てられるくらいならいっそ死のうと思った。だけど上層部が兄さんに何らかの罪を被せ排除しようとするかもしれないと思い、生きた。予想通り上層部は俺がちょっと目を離した隙に全ての罪を兄さんに被せようとした。

兄さんは強い。……強すぎたんだ。
他里からは脅威と畏れられ「赤い悪魔」という二つ名を持つ兄を、里の人間まで畏れた。里を守るため、一族は、そして何よりも兄さんは犠牲になったんだ。


そして優しい兄さんは全部解っていた。父さんは兄さんが里と自分たち一族に幻滅し、里を抜け自由に生きてほしいと願ったが、それでも兄さんは俺が何も知らないと思ったんだろう。すぐさま立ち去ると予想していた俺に反し、兄さんは両親の亡骸の傍で俺を待っていた。

待っていたんだ。

俺は自分自身に失望した。怒った。そして兄さんの意図が読めず、困惑した。様々な感情が一気に押し寄せ俺の双眸からは涙があふれる。ああ、情けない。

そんな俺に兄さんはその場に落ちていた苦無を僅かな動作で蹴り飛ばした。小さな傷が俺の頬に刻まれる。頬から一滴の血が垂れる。

泣いてばかりの俺と違って、兄さんは無表情だった。兄さんの感情なら全部解るって胸を張って言える俺でも分からないくらい。だがそれが余計に兄さんの気持ちを物語っていた。

それらが俺を奮い立たせた。


「行って下さい…早く」
「ミナト……」
「早くッ!!」


そして冒頭。

あの後、上層部が偽りの情報を流し、兄さんを裏切り者の抜け忍と里人に認識させる前に、里中に多少嘘も混じっていたが、それでも自分を犠牲に里を救った英雄として兄さんの真実が流された。

そう、幸いなことに兄さん側にはダンゾウ様がいた。自分勝手な上層部よりも一枚も二枚も上手なダンゾウ様が手回しをしてくださった。俺にはできないことを。

俺はダンゾウ様が苦手だった。いつも「お前は兄には到底及ばん」と視線で語っていたから……俺自身が自覚していることを他でもない、大好きな兄さんの前で教えてきたから。


だけど、


「ありがとうございます。ダンゾウ様」

「……早く行け、波風の若造」

俺にはもう、「ユウの弟」だと呼んでもらう資格すらない。



だが兄の部屋を整理している際、出てきた手紙に俺は涙を流した。

“お前は悪くない”という、たった一言。

だがその一言に救われる自分がいた。そして思い出した。ずっと昔…まだ兄さんが中忍だった頃に俺に言った科白を。


『お前とオレは唯一無二の兄弟だ。
お前の越えるべき壁として俺はお前と共に在り続けるさ…たとえ憎まれようともな…それが兄貴ってもんだ』



ねぇ、兄さん。俺には兄さんを越えられないよ。だって、


貴方ほど偉大な人間はいないのだから



(兄さん、俺、火影になるよ。なって兄さんが帰ってきたいって思うような里にして、そして……)




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