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露骨な青春群像

七輝さまリクエスト

人魚石IFマダラ娘


***


お客様は神さまである。

そう、私は父に習った。
呉服屋”桐”の店主を務めて早20数年。この国一番の老舗と名高いうちは品揃えだけではなく、接客もいいと評判だ。

私の誇りと言ってもいい店。例えどんなお客様でも私は笑顔を崩さない。
それは私がまだ一店員で、父が健在だった時から絶えず行ってきた。

だがしかし、40代というその手の事にはベテランの歳になって初めて、最早誓いともなった営業スマイルが脆く崩れ去る羽目になるとは、その”お客さま”がいらっしゃるまで知る筈もなかった。





6月といえば梅雨。湿度が高まり、空は灰色がかる。鬱々とした気分を晴らすため、人々は新しい服や傘を用意するのか、呉服屋としては嬉しいことにそれなりに客の出入りは多かった。


客といっても色々いる。
若い娘は華やかな色。妙齢の女子は落ち着いた色。
柄が大きく、色も明るいのは子ども用に多く、黒や紺は男性に買われていく。

お客が女性だからと言って購入されるのは女物とは限らない。夫や恋人に頼まれ、買いに来る。この職についてるからだろう、買う者の表情や選んだ品で誰に送るのか予想がつく。
通りですれ違ったある女の着ている物と、その恋人らしい男の顔は見覚えがあった。予想は当たっていた。
友達と手毬をついている幼子を呼ぶ母の声も、数日前にうちに来た女性と同じだ。


そして或る日のことだ。
暖簾を潜る男がいた。色男だ。うちの息子と同い年くらいだろうが貫禄が違った。
残念といっていいのか、息子は私に似て平平凡凡な顔つきだから屹度今使いに出ているアイツが入ればこの美男子に嫉妬の眼差しを送ったことだろう。


男にしては長い黒髪は無造作に放置されているにも関わらず、光の反射で綺麗な輪が出来上がっている。近年、毛髪に関して敏感な私も反応してしまう。
しかし相手はお客さま、神様だ。ニコリと最早どう顔を動かせばいいか分かるほど慣れた表情を浮かべ「いらっしゃいませ」と頭を下げた。


見ない顔、初めての客だ。屹度旅行者だろう。有名な温泉街があるこの町に男の年頃なら嫁と来たのかもしれない。ならその女性への贈り物か?いや、それなら相手も連れてくるだろう。もしかしたら置いてきた子どもへの物か。今のご時世、親子で旅行は危険が伴るからな。


案の定、男は「4、5歳くらいの…娘用のものが欲しい」と謂った。


「畏まりました」と返してすぐさま何点かお見せする。
赤や朱、黄色、橙、白と大柄なものから小柄なものを二三着ずつ出して、それから希望を聞き、お客様の気に入った柄を集中的に集める。初めから聞いてもいいのだが、案外考えとは変わるもの。お客様が最初に謂わない限り、こちらで何点か順に見せる方が双方にとって都合がいい。


男はあまり表情を変えるほうではないと思ったが、意外にも真剣な眼差しで一着ずつ見ていく。私には娘はいないが、もしいたらこの男のように可愛がっただろう。生まれたのが息子で跡取りの心配は無くなったが着飾る愉しみが少なかったのは言うまでもない。


その後も男はこの店にある子供用の着物を全て見た。文字通り、全てだ。
100近くあったそれは店の奥から取り出したものも含まれている。男が気に入ってこれを頼むと謂ったのは半分にも満たない10着ほどだが、値段は信じられない桁にまで達している。大名でもここまでの衝動買いはしないだろう。男は帯や帯紐、下駄、終いには小物まで物色しだした。・・・よほどその娘が可愛いと見える。


男は店内に飾られていた小紋に視線を向けたかと思うと足をそちらに向け、また吟味しだした。・・・こちらとしては大助かり、嬉しいお客様だがここまで来ると逆に恐ろしい。

男の一言でまた店の奥と此処まで行ったり来たりを繰り返す従業員が仰天している。かくいう私も口端が引き攣りだしたが、まだ大丈夫だ。笑顔は消えていない。



奥方にだろう着物を選ぶ背中から彼が大層な愛妻家だというのも窺えた。子ども同様近年の若者には珍しく、相手を考えて選んでいる。時折その表情が緩むのだから、屹度着せた時の相手の姿を思い浮かべているのだろう。


しかし、次の行動は可笑しかった。
留袖や小紋を見た後、男は振袖まで物色しだした。
前者も6着ほど選んでいたが、娘より数は劣るものの、通常よりも多い。

妻に送るものではない、娘にだろうか?しかし子どもが4歳程度ならまだそれは早いと思う。まさか愛人か?!男ほどの容姿なら屹度相手はいくらでもいよう。


はて?と私の目でも分からなくなってきた。
結局男はその後も「やっぱりあの着物も捨てがたい」と謂って奥にしまい直した物をまた引っ張り出し、合計30着、小物類20点を一括払いで購入。会計をしていた従業員がその金額に震えていた。勿論私もだ。一体この男はなんなんだ!!


誰に送るのか、それも分からない。若干維持になっていた私は最後の最後、男を見送るときについ言ってしまった。


「奥様と御息女も喜ばれますね」

「…何を言っている?」


男は、うちはマダラは心底不思議そうな表情で店主に謂った科白に首を傾げたがその意味に気づき訂正した。


「これは全て娘のだ。振袖も小紋もまだ着るまで時間はあるがアイツに似合うものがあるのが困る」



は?と固まる店主。マダラはすぐ近くから自身を呼ぶ弟の声を聞きとり、視線を動かした。

「イズナ・・・お前もか」

「兄さんこそ。また名前の服買ったんでしょ。この間収納用の屋敷が一杯になったんだから暫く買ってこないって言ったじゃない」

「仕方がないだろう。それに屋敷はまた建てればいい。それよりもお前は何を買って来たんだ?」

「ん?ああ、傘だよ。それと髪留めや髪紐とか色々。隣の雑貨店が結構いいもの揃っててね。名前に似合うもの見繕ってきた」


呉服屋の店主は同じような表情を浮かべた隣の雑貨屋の店主と目があった。
ブルータス、お前もか。


「なら後は甘味だろう。日持ちするものしか買えんが・・・」

「お団子とかはうちの近くで買えばいいよ。それより早く姪っ子に逢いたい」

「俺も娘に逢いたい」


似た者兄弟は買ったものを口寄せの巻物にしまっていたため、帰路ですれ違う人間の注目は浴びなかった。しかし帰宅し、父と叔父がいない時間を満喫しボリボリと煎餅を食していた名前が吃驚する土産の山を持って帰ったのである。建てられた屋敷は二件、親友の呼び出しに快く応じた柱間もその土産の山に呆れたのは言うまでもない。



***


マダラ娘の人魚石主でした。殆ど店主さん視点ですがマダラさんもイズナさんも主人公の立場が変わっても貢ぐ君ですね。但し結婚はさせない。
扉間さんも侵入出来ないように四六時中娘に張り付くマダラさん。どうしても離れないといけないときは影分身を残します。



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