ゼロから始まる

「これはどういう状況ですか!?」

「説明を要求しますよ!」


ある者は立ち上がりながら、またある者は机を叩きながら言い放つ。それに対し彼女は努めて冷静にその場にいる全員を落ち着かせ、逡巡する。

そんな混乱している場を見守る二人の男性も些か冷や汗を流している。紺色の短髪から覗く瞳は怒りの炎を宿しており、今にも声を荒げている者達に襲い掛かりそうだ。しかし、それを察してか隣にいた緑の短髪の青年が小さく大佐、と声をかける。その声が届いたからか、彼は自分を落ち着かせるように深呼吸をする。そして、彼女の後姿を見詰めた。

第一会議室では、ここ最近起きた奇妙な事件をお偉いさん方に理解してもらうために極秘に会議が開かれていた。
その事件、というのが……


「これは一昨日の被害者の写真です。腹部を……まるで鋭利な爪で切り裂かれたかのような傷が致命傷となり死亡しています。こちらが……」


被害者は性別、年齢共に共通点はない。若い男性、まだ幼い少女、年老いた女性……本当に様々だ。関連性もなく無差別に殺しているのが窺える。
だが、一つだけ、共通点がある。それが、被害者達の傷跡だ。


「全てにおいて、人間の行為ではなく……獣などの知性を持たないモノの仕業ではない、かと」

「ありえない!この国にそんな凶暴な獣などいるはずがない!」

「人間が手を施してこのような傷跡にしたのではないでしょうか?」

「いえ、こちらの鑑識の結果、遺体には一切、手は触れられていないことがわかります」


スクリーンに映し出された被害者達の姿に、お偉いさん方はざわつき、彼女へと不信を宿した眼差しを向ける。無理はないだろう。唐突に人間ではない何かがポン、と存在しそれが人間を殺している、なんて話しを誰が信じるだろうか。だが、実際に被害者がおり、こうして痕跡も残っているのだ。

誰かが口を開こうとした瞬間、ピピピと電子音が鳴り響く。何の音だ、と一人の男性が口を挟む。彼女は後方にいる二人に目をやると、どうやら彼等の端末に通信が入り込んだみたいだ。


「……申し訳ありません、少々よろしいでしょうか」


彼女は頭を下げ、二人の元へと近付く。
緑の短髪の青年は申し訳なさそうに頭を下げる。その様子に彼女は首を横に振り、取り次ぐように促す。


「……血統軍、特攻部隊隊長、エラルドだ」


青年__エラルドは声量をなるべく抑え、名乗る。


『虚空騎士団、先鋭部隊隊長、レーヴァニオだ。大元帥様と直接話すことは出来るか?』

「……大元帥、騎士団の先鋭部隊隊長と名乗る者から……直接話したい、と」

「……変わろうか」


彼女は少し考えた後、エラルドから端末を受け取り言葉を繋げる。


「血統軍、大元帥のディーラだ」

『大元帥様、申し訳ありません。騎士団長が御多忙のため、わたくしが急遽、そちらに向かうことになったのですが……よろしいでしょうか?』

「あぁ、寧ろこちらが急に頼んだのだから、申し訳なかったね」


相手方の丁寧な対応に、大元帥のディーラは苦笑を浮かべながら謝罪をする。謝罪の言葉に驚いたのか、機械越しに息を呑む音が聞こえた。


『いえ、それと……傍付きの者を二名ほどつれているのですが……』

「構わないよ。場所は……」

『騎士団長から、大まかな話は聞いております』

「わかった。では……」


後ほど、と言い通信は途切れた。端末をエラルドに手渡し、ディーラは彼にそっと耳打ちをする。


「エヴァ、騎士団の方が三名お見えになる、迎えに行ってくれ」

「はっ」


敬礼をし、彼__エヴァライトはお偉いさん方に深々と頭を下げこの会議室を一時的に出て行った。彼女は少し息を吐き出して再び説明をするために……いや、無理矢理説得するために元いた場所へと戻る。疲れが見え隠れする中、エラルドもうんざりとした溜め息をそっと吐き出した。


*


「大元帥、騎士団の者が到着しました」


彼の声が聞こえ、入ってくれ、と彼女は告げる。
すると扉が開き、エヴァライト、その後に三人ほど虚空騎士団の制服に身を包んだ男女が大きな布袋を担いで立っていた。

お偉いさん方全員の顔が見える位置まで、騎士団の者達は移動し布袋を一旦床に置き、深々と一礼する。蒼の髪を持つ男性が騎士団特有の敬礼をしながら言葉を放つ。


「虚空騎士団、先鋭部隊隊長のレーヴァニオです。二人はわたくしの部下でマリーナとアルクです。……言葉では理解し難いと思いまして……実物を、持ってきました」


そう言い、レーヴァニオは布袋を持ち上げ、無造作に袋の口を塞いでいた紐を解く。すると、鼻を刺すような異臭が一瞬にして会議室を満たし、その場にいた全員は思わず顔を顰めた。運んでくるときは大丈夫だったのか、と心配するぐらいには強烈だった。

だが、もっと驚くべきなのは……その袋の中身だった。


「なんだ……これは!?」

「にんげ……いや、獣……!?」


中身を見たものは、それぞれ感想を口にする。一通り聞いたところで、その異臭をシャットダウンするべくレーヴァニオは再び紐を締める。


「わたくし達の間では『キメラ』と呼んでいます。これが、事件の犯人かと」

「でももう死んでいるのでは……ないのかね!?」

「……わたくしは一度、こいつと戦いました……いえ、ここの二人も。数が、尋常ではないのです。わたくしが戦った時は……数十体は、確認できました」


その言葉に、誰もが絶句する。


「こんなものがいたら私達だって死んでしまう!」

「早急に手を打ちたまえ!いいな!?大元帥殿!」

「……仰せのままに……」


こうして、極秘の会議は幕を下ろした。


*


「しかし、すごい異臭だな」

「申し訳ありません……」

「いや、助かった。ありがとう」


張り詰めていた緊張の糸が途切れたのか、彼女は椅子に座り込んでため息を吐き出す。そして皆を椅子へと……先程までお偉いさんが座っていたところ……勧める。エラルドとエヴァライトは失礼します、と頭を下げながら椅子へと腰を降ろし、虚空騎士団の者達は頭を軽く下げながら腰を降ろす。

そう、今回の事件の犯人は既に割れているのだ。それが、レーヴァニオ達が持ってきてくれた布袋の中にいる人間でないモノ……『キメラ』である。
セントラル街には被害者しかいなかったのだが、サウス街の錆びれた場所でそのキメラが人間を殺している場面に遭遇した。

だからこそ、今日はこの人達をつれてきたのだ。


「……これが、今のところわかっていることです」

「ありがとう。本当にすまないね……」


何故、お偉いさん方に説明する羽目になったのか。
容易に想像できるだろうか。被害者にそのお偉いさんの奥さんが紛れ込んでいたからだ。
しかし……


「何故、こちらの街にはキメラがいないのか、というよりは」

「見かけない、ですね」


エヴァライトが続きの言葉を発する。それに対しディーラは頷きながら自身が持ってきたノートパソコンを開きキーボードを叩く。
血統軍の大きな管轄はセントラル街のみだ。それに対し虚空騎士団はセントラル街以外の街を管轄としているために事件を発見できたのだろうか。だが、四つの街を全て合計したものがセントラル街と捉えているために大きさはそこまで変わらないのだ。しかもそれぞれの街に血統軍、虚空騎士団共に支部が設けられている。
レーヴァニオも少し思考に浸りながら隣にいるアルクに声をかける。


「サクと一緒にキメラを殲滅しに行ったのは?」

「確か、もう一週間ぐらい、だろ。ここ最近はずっとだろ」

「マリーナ」

「アタシ達もそんぐらいだな。ここ最近で急激に増えた、としか考えられないぜ」


二人とも、同じような意見に彼はありがとう、と短く礼を述べるとディーラに向き直る。


「ある特定の場所で、キメラが発生している可能性は高い、かと」

「……ありえそう、だな。すまないが、協力を頼みたい」

「えぇ。騎士団長にも、協力するように、と言われております」


詳しいことは、また後日にしよう。今日はもうクタクタだった。ディーラはエヴァライトに三人を送るように伝え、エラルドと共に自室へと戻ろうとした。その時、


「大元帥様、そのキメラは……」

「あぁ、そうだったね、こちらで解析してもいいかな?処分もこちらでするよ」

「ありがとうございます。助かります」


そう言い、レーヴァニオは丁寧に頭を下げる。ディーラも薄っすらと微笑み、会議室を後にする。
長い廊下を歩いていると、今まで黙っていたエラルドが納得いかないように口を開いた。


「部外者に協力を仰ぐのですか?」

「……エラルド、彼等は部外者ではないよ。それに、交戦経験がある、貴重な情報だろう?」

「それ、は……そうですが!」

「……聞こうか?」


彼女は立ち止まり、振り返る。そこには苦い表情を浮かべたエラルドの姿。


「ッ……」

「君がそこまで言うのには、理由があるのだろう?」

「も、申し訳ありません、私情を持ち込もうと……」

「別にいい。……エラルド、お前の気持ちを、話してみろ」


思わぬ言葉に、彼は目を見開き、唇を固く結んだ。
自分が今、考えていることは間違いなく私情。公私混同など許されることではない、だから、エラルドは沈黙を貫こうとしたが、こう言われてしまっては話すまで帰してはくれないだろう。
エラルドは少し息を吐き出し、俯く。


「……信用、できないからです。たとえ、それが騎士団の人間でも……こちらには、こちらのやり方がある。それをわざわざ公開してまで協力する必要が、あるとは思えません。確かに被害は大きい。ですが、警戒を強め、街にそれなりの監視の目を置けば……事前に防げる、のではないでしょうか……?」

「………………最もだよ」


彼の言葉に、ディーラは否定するのではなく肯定をする。その反応にエラルドは暫し目を瞬かせた。


「でも、上層部では……殲滅しないと納得してくれない。キメラを一匹残らず、殺さなくてはいけない。根本を叩かなくてはいけない」

「それだって、時間をかけて……」

「それがダメなんだよ、エラルド」

「何故です……?」


彼も、相当混乱しているみたいだ。いつもなら冷静な炎を宿した眼差しが今は少し濁ってしまっている。長時間の会議、そして本物のキメラを見たことによって精神的に削られたのだろう。ディーラは心の中ですまない、と謝罪しながら続ける。


「早く不安を取り除け、簡潔に言ってしまえばこういうことだ。上層部は自分に迫っている危機はいち早く取り除きたい、と思っていることだろう。だから、要望どおりにするために騎士団にも協力を仰いだんだ……これが、部外者を取り入れる理由だ」

「っ……申し訳ありません、無礼な言葉を……私は、」

「顔を上げて、エラルド」


申し訳なさそうに、頭を下げる彼に、ディーラは優しく声をかける。


「市民の安全を守るために……協力してくれ、いいね?」

「……承知致しました、ディーラ大元帥」


ビシッ、と敬礼をするエラルド。彼女はどこか安心したように笑みを零したが、表情を引き締めて仕事の話へと戻す。


「今日のことは極秘扱い。他言は無用だ。エラルド、オルトと一緒に動いてもらうことが多くなると思う。情報交換をマメに行うこと。エヴァライトと、フローラ、フィラそれとクレーニヒとも、常時連絡を」

「はい」

「……じゃあ、今日はありがとう。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます、大元帥」


落ち着いたのか、エラルドの瞳はいつものに戻っていた。




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